大塚製薬の「女性の健康推進プロジェクト」とは?リーダーに聞く日本企業のこれから
大塚製薬株式会社の「女性の健康推進プロジェクト」では、女性の健康に関する実態の把握やヘルスリテラシー向上に尽力しています。そのリーダーである西山和枝さんに、現代の日本社会の抱える課題や企業が目指すべきところについてお聞きしました。
目次
女性の健康推進プロジェクトとは
大塚製薬株式会社では、「エクエル」という女性向けのサプリメントを扱いながら、その研究開発で得られた科学的根拠に基づく健康啓発活動を行う「女性の健康推進プロジェクト」を発足。
実態把握調査のほか、webサイトやYouTubeを介して、ヘルスリテラシーの向上を目指したさまざまな情報発信をしています。
NPO法人HAP(Healthy Aging Projects for women)と共催し、医薬の専門家である薬剤師の先生方に向けて、女性の健康についてくわしく学べるプログラムを提供するなど、医療関係者への発信も実施。
生活者や企業向けのセミナーも数多く行い、一人ひとりに寄り添うだけでなく、真意では男女平等が実現できていない現代の企業、ひいては社会全体を見つめながら、日々健康啓発活動に努めています。
なお、エクエルは女性の健康と美容をサポートする成分「エクオール」をふくむ商品で、同プロジェクトでは、ほかに月経前の身体の変化をやさしくサポートする「トコエル」という商品も担当しています。
どちらも自社機関である佐賀栄養製品研究所で開発されたそうですが、大塚製薬ではこうした女性の健康に役立つソリューションを数々提供されているのです。
そこで今回は西山さんに、女性自身における健康への関心度から、すべての人が平等に活躍できる社会を築くために企業ができることなどをお伺いしました。
自分の身体に興味を持たなければ対処もできない
―それでは早速ですが、いま日本ではどのくらいの女性が女性ホルモンなどの身体の仕組みを把握しているのでしょうか?
大塚製薬株式会社 ニュートラシューティカルズ事業部 女性の健康推進プロジェクトリーダー/日本女性医学学会認定 女性ヘルスケア専門薬剤師 西山和枝さん(以下、西山さん):以前女性ホルモンのはたらきについて知識のある方がどのくらいいるのか調査したところ、18%と2割にも満たない割合でした。
女性の身体はライフステージによって変わっていくので、自身の身体がどう変わっていくのかを知るためにも女性ホルモンのはたらきについては知識を持っていてほしいんですけど、生理前のPMS、更年期症状など女性ホルモンに影響される心身の変化について、知らない人はまだまだたくさんいます。
知らなきゃ気づけないし、気づけなければ対処もできないので、自分の身体に興味を持ってヘルスリテラシーを上げることができれば、身体がなにか不調を訴えたときに正しい対応ができるようになると思います。
もう今は、体調が悪いのを我慢したり、お腹が痛いのを「そういうものだから」と諦める時代ではないんです。
性教育の遅れから生じるタブー視
―18%というのはかなり低い数値だと感じるんですが、ほかの国と比べても知識が充分ではない環境なのではないでしょうか?
西山さん:ほかの国と数値で比較するのは難しいですが、日本は性教育がかなり遅れているといわれているので、女性の身体の特徴や起こりうる変化への認識も遅れているということは考えられます。
欧米だと幼少期からそういった知識を得る機会があって、たとえばフランスだと娘に初潮がおとずれた際に、母がかかりつけ医にそのことを伝え、娘のこともお願いします、とホームドクターを抱えているということも聞くので、性教育や自身の身体の変化について正しい情報に触れる機会が多いと思います。
小学生のころに保健体育で月経などについての授業があったと思いますが、男女別々だったのではないでしょうか?
―「性教育」という分野では一緒に受けるものもありましたが、たしかにそれぞれの身体の仕組みについては教室を分けて聞きました。
西山さん:そうですよね。日本の今の大人世代は男女別々で、しかも生理についてはそれっきり学ぶ機会がないというケースが多いです。
当社の新卒の新入社員に聞くと、一緒に授業を受けましたという声もちらほら聞くようになったんですが、未だに別々のところもあるようです。
男女共修でないことで、女の子は「男の人に聞かれちゃよくないことなんだ」、男の子は「自分は聞いちゃいけないことなんだ」と認識してしまうなど、日本で生理や性に関することがタブー視されているゆえんはそこにあるともいわれています。
やはり本来はみんなで一緒に学ぶべきことだと思いますね(※)。
※2021年12月中旬にweb上で行われた第44回 日本財団18歳意識調査(調査対象は全国の17歳~19歳の男女500人ずつの計1,000人)によると、女性の74.4%、男性の61.0%が「男性にも生理に関する知識がもっと必要」と考えていることがわかります。 ▶参考:公益財団法人 日本財団 プレスリリース(PR TIMES) |
――たしかに、3.11の被災地に生理用品が届いても、男性が配布しているためもらいに行きにくかった(※2)という声があったと聞くので、男女共修で生理がそもそもタブー視されていなければ、そういうこともなくなるのかなと思います。
女性の健康に関するセミナーに男性も参加
―「生理については知っていてもPMSは知らない」という方は女性にも、実際に私の友人にもいるんですが、PMSによって急に落ち込んだり怒りっぽくなったりするのを自分の性質だと感じて、余計に落ち込んでしまうということもあると思うので、ぜひたくさんの方に知ってほしいと思う一方、知っていてもその症状を我慢しながら生活している方が多いですよね(※3)。
※3:日本医療政策機構による「働く女性の健康増進調査 2018」によると、PMSへの対処について「なにもしていない」と回答した人は63%(n=1,319人)。 ▶参考:日本医療政策機構 働く女性の健康増進調査 2018(PDF資料) |
―さきほど西山さんのおっしゃった「もう不調を我慢する時代ではない」という考えをより多くの方が実感するには、日本の社会はどのように変わっていくべきだと考えますか?
西山さん:先ほどお話ししたように、知る機会が少ないということも理由だと思いますが、もともと我慢を美徳とする国民性のようなものがあるかもしれません。
「我慢しなきゃいけないのかな」「生理のときは痛いのが当たり前」って思うようになってしまったんだと思います。
それを変えるには、正しい知識を得て、我慢せずに対処する方法があると知ることが必要なのではないでしょうか。
そして親世代は、子どもたちにそう伝えつづけていくことがすごく重要だと思っています。
そういったことを踏まえ、大塚製薬では2015年から女性の健康に関する啓発活動を続けています。
―企業向け、個人向け、どちらのセミナーも行っていると思いますが、参加者からはどういった声が聞かれますか?
西山さん:本当に毎回「早く知りたかった!」という声が多いんですが、そういう声をなくし、すでにみんな知っているのが当然という社会にしていきたいです。
「お腹が痛いのは当たり前じゃないの?」「低用量ピルなんて飲んでいいの?」と思われる方が本当に多く、特にPMSは月経前約1週間に症状があり、月経が来ると症状がなくなるか軽くなることもあるので(※4)、「ちょっとつらかっただけ」「我慢できる、大丈夫」と思ってしまい、それを毎月繰り返すのが普通になってしまっている方もいます。
※4:PMSは“月経前”症候群というとおり、月経がはじまると基本的に症状が軽くなったりなくなったりするが、月経前から月経中にかけて精神的に不安定になるPEMS(周経期症候群)もある。 |
西山さん:たとえば職場などで言いにくい環境だと、不調を訴えることを「わがままなんじゃないか」と思う方もいらっしゃるのですが、だれかに言うことで楽になることもありますよね。
だから環境づくりも大切だと思います。
―セミナーには男性も参加されるのでしょうか?
西山さん:もちろんです。
活動を始めたばかりのときは、企業向けに出張セミナーを行うと、「女性ホルモンのはたらきですね、では女性を集めましょう」と、女性だけを集めて開催されるケースもありましたが、事後アンケートで「こういう話は男性管理職にも聞いてほしい」という意見がすごく多かったんです。
男性管理職が理解すると、女性特有の不調を伝えやすい環境もできますし、少し休める物理的な整備も進むと思いました。
さらにいうと、制度も変わっていくかもしれないと。
なので、「こういった意見もあったので男性も積極的に集めてください」とお声がけしたら、今では半分以上が男性という会も珍しくなくなりました。
弊社社員数は7:3の割合で男性のほうが多いのですが、全社員に女性の健康に関する動画を1時間、視聴してもらうことを必須にしており、ほかに管理職研修のカリキュラムなど、複数回の学習の機会を設定しています。
ヘルスケア企業という素地があるので、この分野の情報は受け入れられやすいし、理解度も高いとは感じますが、なかでも特に若い層は積極的に学ぼうとしていると感じます。
企業のゴールは「女性の健康課題を企業ごと化・自分ごと化すること」
―企業に向けて啓発活動を推し進めていくなかで、ゴールはどこだと考えますか?
西山さん:超少子高齢化のなか、より一層、女性の活躍が期待されています。
女性に生き生きと長く働きつづけてもらうためにはどうしたらいいのか、企業は女性の健康課題をきちんと把握して、対策を講じていくことが大事だと考えます。
企業ごと化、自分ごと化、ですね。
女性が管理職などに就くと、その役職が上であればあるほど人に相談しづらくなるという調査結果もあるので、企業の成長のための課題であると捉えてほしいです。
政府は女性管理職の割合を30%に上げることを目標に掲げていますが、現時点では10%程度にとどまっており(※5)、その原因のひとつには、女性の健康課題への理解の遅れ、取り組みの遅れがあるのではないかと考えています。
※5:2022年9月に発表された、帝国データバンクが行った女性登用に対する企業の見解についての調査によると、自社における管理職に占める女性の割合は平均9.4%とされている。 (調査期間は2022年7月15日~31日、調査対象は全国2万5,723社で、有効回答企業数は1万1,503社) ▶参考:帝国データバンク プレスリリース(PR TIMES) |
西山さん:女性の健康について普通に相談、会話できたり、制度や環境が整っているのが当たり前である日常が熟成されること、それを我々はゴールに掲げて活動しています。
―以前勤めていた会社で、役職者である女性が毎月生理痛で一定期間休暇を取っていたんですけど、「役職者がそれでは示しがつかない」ということで降格されてしまったことがありました。
まだまだそういった考えを持つ企業は多いかもしれません。
西山さん:いつでも出向いて出張セミナーやりますよ(笑)!
いま多様性が重要視されているのは、女性に限らず、いろんな考えを持った人たちが融合することで、よりいいものが生まれると考えられているからだと思います。
これからは企業の成長のためにも、柔軟な考え方がますます必要になってくるのではないでしょうか?
健康経営優良法人認定制度の要件に女性の健康保持が追加
―現状セミナーに参加されるのは、もとより関心の高い企業が多いのでしょうか?
西山さん:2019年度よりホワイト500、ブライト500(※6)の要件の中に「女性の健康保持・増進に向けた取り組み」という一文がふくまれるようになったんですよ。
※6:経済産業省が取り組んでいる健康経営優良法人認定制度によって顕彰された企業のうち、大規模法人部門の上位法人に「ホワイト500」、中小規模法人部門の上位法人に「ブライト500」の冠を付加する。 ▶参考:METI(経済産業省) 健康経営優良法人認定制度 |
西山さん:それによって「具体的になにをしたらいいんですか?」という企業からの問い合わせが増えました。
やはりまずは環境を変えていって、知らなきゃいけないんだという意識を醸成していくことが、真の改革につながると思います。
―御社では先ほどお聞きしたように学習機会をつくるなど、女性の一層の活躍を目指した取り組みをされていますが、ほかになにか導入されている制度はありますか?
西山さん:年々制度は充実してきています。
近年では、更年期の症状や不妊治療に対応できる積立有休制度も始まりました。
それと、一般産業医、精神科産業医とは別に婦人科の医師との連携も開始しています(※7)。
小中高生に観てもらえるようYouTubeも発信
―ところで女性の健康推進プロジェクトでは公式YouTubeチャンネルも運営されていますよね。
大手企業のコンテンツでありながら、自社の広告が入っていないというのが気になりました。
西山さん:以前、中高生向けの新聞上で女性の健康について発信した際に、男子から「女の子の話について知っちゃいけないと思っていたけど、すごく興味を持った」とか「やさしくしなきゃいけないと思った」といった声が寄せられました。
日本ではそのくらいの世代から、女性の身体や女性ホルモンについて知ってもらうネイティブ層を増やしていくことが大事だと思い、若年層向けのコンテンツも発信していて、そのひとつがYouTubeでの配信なんです。
小中高生の方々にも観てもらいやすい、わかりやすい動画になっていると思います。
本当の意味での教育資材にしたいとの思いから、弊社の商品PRは一切入っていません。
―女性の健康推進プロジェクトの公式サイトも活発に情報発信されていますよね。
西山さん:調査結果なども掲載しているので、そこで勉強してくださる方も多いです。
サイト上では、食事などのセルフケアだけでなく、婦人科検診を行い、相談できるかかりつけ医を持つという医療専門家のサポートを併せる「新・セルフケア」を推奨しています。
―拝見しました!
医療機関を利用している人は生活の満足度や仕事のパフォーマンスも高いそうですが、私自身もかかりつけ医を持ったことで「なにかあったときもあそこに行けばいいか」と日々に余裕ができるようになったと感じます。
西山さん:ありがとうございます、そうですよね。
―ほかにもPMSラボや更年期ラボなど、さまざま運営されていますね。
西山さん:ちょっと勉強したいなというときは女性の健康推進プロジェクトのサイトやPMSラボ、更年期ラボを、ちょっと流したいなというときはYouTubeを、という感じで、自分に合った媒体を見てもらえたらいいですね。
―ユーザー層はやはりそれぞれ異なるのでしょうか?
西山さん:PMSラボは20~40代、更年期ラボは30代後半くらいからという感じで、男性もいらっしゃるようです。
健康啓発セミナーで男性が登壇すると、昔は「なんで男性からそんな話を聞かなきゃいけないんですか」と言われることもありましたけど、今は抵抗が少なくなってきているように感じます。
女優さんも普通にPMSや月経、更年期の話をするようになったり、フェムテックという言葉、分野が出てきたり、タブー視されていたことがそうでなくなってきていますよね。
―たしかに、益若つばささんが「ミレーナ(※8)」を装着したことをYouTubeで公表されるなど、壁を取っ払ってくれる人がどんどん出てきたと感じます。
※8 ミレーナ:子宮内に装着することで黄体ホルモンを持続的に放出し、着床を防ぐ効果があるため「避妊リング」ともいわれるが、月経困難症や過多月経などの症状改善にも有効性が認められており、2014年からは保険が適用されるようになった。 |
知らない人にも見てもらえるよう工夫
―コンテンツづくりの際に工夫されていることなどはありますか?
西山さん:興味のない人にこそ見てほしいので、「これを勉強しましょう!」というよりも、「新・セルフケアをすると心のゆとりが持てる」とか「無理せず自然体でいられる」とか、そういったエモーショナルな部分も添えて発信するなど、受け手側の心象も大切にしています。
また、女性ホルモンと美容は関係しているので、それをフックにすることもあります。
今の時代に生きている私たちは、さまざまな情報に触れることができるので幸せだと思います。
これまでの女性が経験した多くの事例、データから学ぶことができますよね。
閉経して、女性ホルモンのエストロゲンという“守り神(※9)”を失ったあと、どういうふうに自分を守って生きていくのか、勉強する術(すべ)がたくさんあるんです。
※9:女性ホルモンには、エストロゲンとプロゲステロンの2種類があり、エストロゲンは皮膚に潤いをもたらすといった美容面の役割を担うだけでなく、動脈硬化の予防、骨の強度や脳の認知機能の維持といった全身の健康維持に欠かせないため、「守り神」や「守護神」といわれている。 |
西山さん:人生100年ライフです。
健康寿命を延ばして楽しい人生を送るためにも、今できることをコツコツやっていくのが重要だと思います。
優等生でいる必要はない
西山さん:なによりも、自分を大切にしてもらいたいです。
若いうちは「1日くらい寝なくても平気!」とがんばりすぎてしまうこともあるかもしれませんが、いつか影響が出てくるかもしれません。
女性の場合は出産する可能性もあり、お子さんが生まれると、自分のことは後回しにしてしまうことも多いと思います。
でも、もっと手を抜いていいと思うんです。
そして、その分の時間を自分に使ってください。
「時短レシピ」という言葉がありますが、「『手抜き』じゃなくて『時短』っていう表現だと罪悪感にかられないのかな?」「そういうのにとらわれて無理に優等生になろうとしなくていいんじゃないかな?」と思います。
―ようやく最近「手抜きしてもいい」「がんばらなくていい」といったフレーズが、広告などさまざまなところで見られるようになってきましたよね。
それがもうちょっと浸透してくれればいいなーと思っています。
西山さん:そうですね、そしたらもっと女性に余裕が出てくると思います。
日本の女性は世界各国に比べても睡眠時間が短い(※10)そうですが、それだけやることが多かったり、まじめすぎたりするんだと思います。
※10:OECD(経済協力開発機構)の調査によると、女性の睡眠時間が男性よりも短いのは加盟国の28か国中5か国のみで、日本はその中にふくまれる。特に総務省統計局労働力人口統計室のデータから算出したOECD加盟国中10か国における有識者の睡眠時間は圧倒的に短く、最短であることがわかっている。 ▶参考:ナショナル ジオグラフィック日本版 |
西山さん:なので、家事の分担も会社の業務も、夫やパートナー、同僚などに任せられるところは任せる!
「全部を自分でやらなきゃいけない」といった固定概念は取り払ってもいいのかなと思います。
女性の健康について考える日常を醸成するために
―女性の健康推進プロジェクトの今後の展開についてお聞かせいただけますか?
西山さん:引き続き草の根運動、啓発活動ですね。
先日、小池都知事がフェムテックを開発する中小企業の支援について発表されました(※11)よね。
※11:当インタビューが行われた2023年1月5日(木)の2日前である1月3日(火)に小池百合子都知事は、生理や更年期といった女性の課題を解決する製品やサービス「フェムテック」の開発支援や普及促進の目的で、その開発などに取り組む都内の中小企業への助成を行う考えを示した。 ▶参考:産経新聞 |
西山さん:トップの方がそういった行動を起こしてくれると、社会は変わっていくのではないでしょうか。
我々が医師の方々とタッグを組んで啓発することで、みんなが健康でいられて、活躍できて、キャリアアップして、その人たちがまたさらに女性活躍を進められる、そういうよい循環ができればいいなと思っています。
2022年の日本のジェンダーギャップ指数は116位で、ずっとそのあたりをさまよっていますよね。
活躍している女性が少ないから「私もやりたい」っていう人が現れにくいし、それでずっと環境が改善されずにいる部分はおおいにあると思います。
依頼を受けてセミナーを実施すると、要職の方や窓口の方が女性ということが多いです。
―要職に当事者がいないと動きださないというのは容易に想像できます。
実際は当事者が声を上げられない立場にいる組織ほど、セミナーを受けてほしいですね。
西山さん:来ないんだったら出向いちゃえ!と出張セミナーは行くこともあるんですが、本当に地道な作業ですね……。
痛みは人と比べるものではない
―女性同士でも生理痛やPMS、更年期といった症状が軽い方は、重い方のことを理解しにくいということもありますよね。
西山さん:あるあるですね。
特に昔は症状があっても我慢して過ごしたという方が多いので、そういう方々は今、若い世代が不調を訴えたときに「その程度でなに言ってるの」と思ってしまうこともあるんじゃないかと思います。
セミナーの冒頭でいつも伝えているのは、「その人がつらいって言ったらつらいんです。その人が痛いって言ったら痛いんです」ということ。
「私は軽いからあなたの痛みもたいしたことない」と、人と比べるものではないんです。
―PMSのときに別の女性から「気のせいじゃない?」と言われた友人を知っているので、その言葉を聞かせたいです……。
生理休暇の利用率が年々低くなっている(※12)と聞きますが、上司の理解がないとなかなか申請もしにくいですよね。
女性に限らず、だれもが取得しやすい休暇制度が必要だと思います。
※12:日本医労連女性協議会の発表した、2022年4月~6月15日調査「3休(年休・生休・連休)アンケート」結果によると、月経に関する不調を感じても8割以上の女性が生理休暇を取得していないそう。 ▶参考:独立行政法人 労働政策研究・研修機構 日本医労連女性協議会「3休(年休・生休・連休)アンケート」結果 |
西山さん:そうですね。生理のときだけでなく、PMSや男性更年期などの際も利用できるよう「リフレッシュ休暇」といった名前に変えるなどの工夫が必要かもしれないですね。
自分の痛みをシェアしてだれかの痛みを知る時代
この記事を書きながら、なんとなくTwitterで「生理」と検索してみると、生理中のつらさを訴えるつぶやきや生理異常で婦人科を受診したという報告、生理に関する不調に理解のない会社への愚痴など、さまざまなツイートが見られました。
筆者がTwitterを始めたのは2010年だったのですが、当時、友人が公開アカウントで「生理痛でしんどい」といったツイートをしたのを見て、驚いてしまったのを覚えています。
今の筆者の感覚ではありえないことなのですが(もちろんそれを強要するつもりはありません)、当時は女性が公の場で自らの月経について発言することをはずかしいことだと感じていたのです。
現在ではそんな感覚は毛頭なく、女性や交際相手以外の方がいる場でも「今日は生理中だからあまりお酒は飲めない」と酒の席で自衛のための発言をしたり、男性の上司にもためらいなく「生理痛なので休みます」と連絡するようになったりしているので、かつてそれをはずかしいと思っていたことをすっかり忘れていました。
13年のあいだ、なにが筆者の心理に変化を与えたのか振り返ってみると、それはやはり、私という個人を取り囲む“人”でしかないと思います。
母をはじめ、学生のころ、あるいは社会人になってから出会った女性の先輩方が、「つらいときは我慢をせずに言う」という背中を見せてくれたから、「私もそうしていいんだ」と受け入れられるようになったのです。
特に筆者の場合は、女性向けサービスを展開する企業に勤めていた期間が長く、ほかの業界と比べると男性上司(残念ながら上司が女性だった経験はないわけです)の理解も深かったので、他業種で働く同性の友人と同じ環境だったら今以上に生理痛を我慢して仕事をしていたかもしれないと感じます。
西山さんがおっしゃっていたように、その人が痛いと言ったら痛いし、その人がつらいと言ったらつらいのです。本人以外はその痛みを感じることができなくても、寄り添うことはできます。
もちろん痛みやつらいと感じていることに日々耐えながら暮らしているのは、生理痛やPMS、更年期の症状を抱える女性ばかりではありません。「未病」という言葉がありますが、性別や年齢を問わず、発病にはいたらないけれどなんだか体がだるい、といった経験のある方は多いのではないでしょうか。
一人ひとりがだれかの痛みを知ることで、我慢していた人も助けを求めやすくなったり、気持ちが楽になったりするでしょう。もっと痛みを他人に伝えやすい土壌が必要だと感じます。
先日2022年12月まで放送されていたドラマ『エルピス-希望、あるいは災い-』(フジテレビ系列)のなかで、司法の闇を暴こうとする主人公が「病人は自分の病名を知らなければ、正しい治療なんてできない。どころか、明らかに病気であるにもかかわらず、『明日の仕事に差し支えるから』という理由でその事実も教えてもらえないなら、そんな体は近い将来どうなりますか」と覚悟を明らかにするシーンがありました。
ここでいう「病人」とは、司法であり、国家のこと。しかしあらゆる組織において当てはまる発言です。今の社会になにが欠けているのか、なにが歪んでいるのか、個人だけでなく、企業や共同体それぞれが、きちんと向き合うべき時代はすでに訪れているんだと思います。
RANKING ランキング
- WEEKLY
- MONTHLY
UPDATE 更新情報
- ALL
- ARTICLE
- MOVIE
- FEATURE
- DOCUMENT