最先端のWebマーケティングを発信するメディア

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デジタルとアナログの融合【キャッチコピー年表 vol.3】

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広告は商品やサービス、あるいはブランドや企業の認知度を上げたり、受け手になんらかのアクションを起こさせることを目的にしたもの。各企業が日夜、自社に合ったプロモーション手法について考えながら取り組んでいます。

周知の事実ですが、インターネットが普及し、広告においてもwebは欠かせないものになりました。その利点はまず、商品やサービス、キャンペーンをリリースしたその瞬間に世の中に広めることができるということ。

なにかを調べたときの検索画面、何気なく眺めるSNS、情報源として開くのがルーティン化しているニュースサイト、その他、数々の媒体から広告は人々の目に触れられます。そして、ユーザーは瞬時にその商品やサービス、キャンペーンを知ることになります。

とはいえ飽和社会といわれる現代では、そのような発信方法は目新しいものではなく、ユーザーはその中から自身にマッチしたものを取捨選択し、あるいはむしろ情報が多すぎて取りこぼすことも多いでしょう。

今回はそんなweb広告をさらにリアルタイムに伝える、アナログだからこそ叶う連動企画からご紹介します。

雪印コーヒー「先ほど、ツイートしました。」

これは雪印メグミルクの商品「雪印コーヒー」が発売から60年目を迎えたことを記念して行われた「#雪コに甘やかされたい」プロモーション企画の一環として、2022年4月9日に朝日新聞に掲載された広告。

同日の午前3時には下記のツイートが雪印メグミルク公式Twitterから投稿され、その文言がそのまま広告に使われていることがわかります。

雪印コーヒーといえば、コーヒーだけでなくミルクにもこだわった甘味が特徴の「コーヒー乳飲料」。ツイートは、昨今の無糖や甘さをひかえたテイストのドリンクが増えてきた時代の潮流を受け、味を変えたほうがいいのか、それとも世の中の「苦い」状況下には甘さが求められているんじゃないか、と相談するような内容がほほえましいです。

こうしてSNSから発信されるプロモーション企画は、今までにも多くの企業が行ってきましたが、当プロジェクトはそれに新聞広告というアナログ要素を組み合わせることで、より印象に残りやすくしています。

TwitterをはじめとするSNSはいずれも、非公開アカウントでない限り、投稿した瞬間に世の中のだれしも見られるようになります。けれどそれと同じ時間に発信された投稿は、今やたとえ深夜であろうと莫大な数に及ぶでしょう。

埋もれてしまうその情報を、毎朝ほぼ決まった時間に届き、もしかしたら開く時間も習慣化して決まっているかもしれない新聞広告によって強調させることで、「リアルタイム」に届けられるSNSの広告が、より即時性をもって稼働することになります。

朝刊が届けられる少し前にツイートし、実際に新聞内では「先ほど、ツイートしました。」という文言で伝えることで、どことなくヒューマニティーが感じられませんか?

もしかしたらひとりの人間が実際に朝方まで「雪コ」の今後の方向性に悩んでつぶやき、それを新聞という枠を通して伝えられたのではないかと感じられそうな気がするのです。

匿名性の強いコミュニティが増えてきた現代、「中の人」の存在感が見えてくると応援したくなる気持ちになるのが人情かもしれません。実際にユーザーの方がどう思ったかはわかりませんが、「#雪コに甘やかされたい」というハッシュタグは、2022年3月15日の開始から2か月以上経過した現在(2022年5月末)も多くのユーザーに使われています。

なお当該プロモーションには続きがあり、新聞広告内に掲載されたQRコードを読み込むとTwitterの投稿画面に遷移し、「甘やかさレベル」を1~60から選んで発信することで、志田彩良さん主演のweb動画が見られるという仕組みを取っていました。

動画も60種類を公開(2022年5月現在では45種類まで)。甘やかさレベルに応じて、甘やかしてくれる内容も変わってくるというユニークな演出です。

▶参考:雪印メグミルク,「#雪コに甘やかされたい」甘やかし動画一覧

OOH広告の可能性

サイネージ

SNSが時間に依存する広告なら、場所に依存する広告はOOH(※)かもしれません。

※OOH広告:Out Of Homeの略称で、電車内の中吊りや駅構内などに掲載される交通広告、あるいは看板、デジタルサイネージ、大型ビジョンなどに掲載される屋外広告を指す。

たとえば通学や通勤などで毎日その場所に通う人には即時性があり、観光などで訪れた人にとっては、より特別性の高い広告に見えるのがOOH。

たとえば当連載のvol.0でご紹介したNetflixとTinderが口喧嘩や会話といったやりとりを繰り広げるシリーズ広告もOOHのひとつ。

エバーカラーワンデー「このまなざしに、一目惚れ。」

株式会社アイセイは2022年4月4日より、カラーコンタクトブランド「EverColor1day(エバーカラーワンデー)」の交通広告を掲示。(2022年5月現在は既に終了)

一目見ただけで忘れられない魅力的なまなざしを叶える商品をこれからもお届けしていきたい、という思いを込めて「このまなざしに、一目惚れ。」というキャッチコピーを添えたそうですが、掲示場所もまた商品の特性にちなんで「目」のつく駅構内に展開されたというのがユニークです。

青山一丁目駅や新宿三丁目駅、目黒駅など全23駅をイメージモデルの新木優子さんのポスターがジャックしました。

OOH広告の特徴は、当然ながら掲載場所が限られており、サイズや期間も制限があるという点です。ということは、「その場所だからこそ」掲載する意味のあるところを選ぶ必要があります。

ターゲット層が明確に決まっている商品やサービスであれば、そのペルソナが立ち寄る機会の多そうな場所に掲載するという手法も考えられますが、あえてそういった企業側の目線ではなく、消費者にもわかりやすく伝わる理由で掲載場所を選んだことで、スタンプラリーのような感覚で駅を通過するユーザーの姿も想定できます。そうなれば、まさしく体験型広告といえるでしょう。

「もし、あのとき広告できたなら。」

こちらの広告は実際に掲示されたOOH広告ではなく、ifの世界を描いたもの。2020年度「新聞広告クリエーティブコンテスト」の優秀賞に選ばれた、ADKクリエイティブ・ワン所属の山形孝将さん、石原千明さん、澤谷直輝さんが制作された広告です。

ゴッホといえば、亡くなったあとにその作品が認められたことは広く知られているところですが、もしも存命のころに評価されていたら、より多くの傑作を世に輩出していたかもしれないと想像させる内容は、同賞の審査委員を務めるコピーライターの一倉宏さんに「広告の価値を広告している作品だ」と言わしめたそう。

現代においては、一クリエイターが自身のSNSなどを通じて世界に発信し、それが早い段階で話題を集めたり、高評価を得たり、人気になったりすることはよくある話。

ゴッホやエミリー・ディキンソン、シューベルトといったアーティストたちの時代にも、なにかしら自身の作品を広く発信できる伝達ツールがあったなら、彼らの人生、ひいてはその後の芸術界の歴史も変わっていたかもしれません。

インターネットを用いて気軽に作品を公開したり、それを発見したりできる今の時代は、改めて恵まれていると感じさせます。そしてその一方で、あまりにも情報が溢れすぎて、自身の得たいものが埋もれてしまう不便さも同時に感じられます。

「偶然体験する」ことに飢餓感

渋谷の街並み

博報堂DYグループ、デジタルロケーションメディア・ビジネスセンターがコロナ前の2018年に発表した「移動する生活者調査」によると、当時の平日1日の平均外出時間は5.4時間だそう。

▶参考:博報堂,博報堂DYグループ「デジタルロケーションメディア・ビジネスセンター」、「移動する生活者調査」第二弾を実施

これに睡眠時間を足すと、半日近くになるのではないでしょうか。1日のうち、それだけ外出している時間が多く占めていると、当然ながらOOH広告に触れる機会も多く、各企業は大きなリーチ数を期待できる状況にあったかもしれません。

しかしコロナ禍に入り、外出する機会が失われたことで、それらを見かけることも減少したことでしょう。また同時に、よりデジタル化が進んだことで、もしかしたらスマホで見るweb広告が一番身近な広告となり、自身が興味のある情報以外に触れる機会も減ったのではないでしょうか。

モノよりコト消費に注目が集まっているといわれて久しいですが、偶発的に生まれる体験自体は減退したと考えられます。

かつては、通学、通勤のために毎日同じ道を歩くにしても、新しいOOH広告が展開されれば、そこに小さなイベント性が生まれました。素敵な偶然に出合うことを「セレンディピティ」といいますが、少なくとも去年まではその機会は失われていたといえるでしょう。

たとえばどこかに出かけてインパクトのある屋外広告を見つけたとき、だれかにシェアしたいと思ってSNSなどで発信するかもしれません。そのときそれは、たしかに実存するものでありながらweb上にも存在する、リアルとバーチャルが融合したものになりえます。

OOH広告によって得られる体験は、スマートフォンの画面の外から中に、双方を結びつけるものになるのです。2年以上もの間、それらから離れてしまった私たちは今、セレンディピティに飢餓感を覚えているかもしれません。

SNSで拡散してもらうには

今回取り上げている広告は、主にSNSで話題になったものを中心にご紹介しています。広告を発信する企業側も、拡散されることを目的に企画することは少なくないでしょう。

図書カードNEXT「#1万円のエール」

こちらは日本図書普及株式会社の、QRコードで読み取れるのが特徴の
図書カードNEXTの広告。一見、おすすめの本を1万円以内でセレクトし、ギフトとして贈るだけのように見えますが、その本のタイトルを続けて読むと、「卒業 おめでとう あなたの人生を、誰かと比べなくていい あわてず、あせらず、あきらめず 何があっても前を向いて 明るく自分らしく きっと『大丈夫。』 父」、あるいは「卒業 おめでとう いつも一人で頑張ってしまうあなたへ ひとりじゃないから、大丈夫。 頑張りすぎずに、気楽に カレーが食べたくなったら 帰っておいで 母」というメッセージになっているというもの。

ただ素敵な本を贈るのではなく、表紙を開く前から既に差出人である父母の気持ちに触れることができる、なんとも粋なエールです。

この広告の優れているところは、ただギミックが利いていてコミュニケーションツールに変換できるというだけでなく、それぞれの状況や気持ち、贈る人に合わせて「自分もやってみよう」と促すことができるという点です。

いろんな書名を知っている読書家はもちろん、あまり普段は本を読まない人も、ゲーム感覚で自分が送りたい言葉に合った本を探してみたくなるかもしれません。

入学式祝辞

是枝裕和監督
(画像出典:早稲田大学

先般の第75回カンヌ映画祭において、『ベイビー・ブローカー』主演のソン・ガンホ氏が韓国人俳優初の男優賞を受賞しましたが、その作品の監督である是枝裕和氏の言葉を紹介したいと思います。

早稲田大学のOBであり、現在ではその理工学術院にて教授を務めている氏は、先月2022年4月に同大学の入学式に出席し、新入学生に向けて祝辞を送りました。

式典の祝辞となると、当然ながら広告のキャッチコピーではないのですが、いうなれば、新規ユーザーに後悔させないよう、リピーターになってもらえるよう魅力を伝える、という意味ではPRの要素もあるといっていいかもしれません。

実際にこれから紹介するふたつのスピーチは、いずれもSNS上で話題を集めていたものです。

教員として早稲田の学生と話していて一番感じるのは、世の中にあまり不満がないということです。先生は何故いつもそんなに怒ってるのですか?と何度か聞かれたことがあります。あえて挑発的に言いますが、あなたに不満や怒りがもし無いのだとしたら…それはあなたたちがとても恵まれているからです。いかに恵まれているか、を自覚して下さい。そして、恵まれていない人があなたの周囲に存在していることに是非気付いてください。そして、自らが、誰かの、世界の不幸や不平等に加担していないか?そのことを自らに問うて下さい。そうしたら、見えないものがあなたの周りに見えてくるかも知れない。あなたのようには恵まれない人たちの存在が見えた時に、それでも不満も怒りも感じずに生きられるかどうか。恵まれている。それは確かにあなたが勝ち取った権利かもしれない。しかし、それは、私たち大人が出した問いに、上手に答えられたに過ぎないと、明日からは考えて、問いを出した私たちを否定しなさい。私たちの脅威になりなさい。

早稲田大学

怒りとは、「喜怒哀楽」という言葉があるとおり、人間にもともと備わる感情のひとつのはずですが、社会生活を送る私たちにとっては、しばしば邪魔になってしまったり、恥ずべき感情のように思われたりすることがあります。

先日、株式会社DROBEというパーソナルスタイリングサービスを提供する企業に伺った際に、CEOの山敷守さんが、ファッションアイテムを買うには、現状、実店舗かECサイトの2択しかないという事実に対して、どちらもデメリットがあるのに、なぜほかに方法が増えないのか「怒り」を感じるといったことを仰っていました。

DROBEのサービスを利用すると、AIとプロのスタイリストが選んだアイテムをお客さまがご自宅で試着して、購入するかどうかを決めることができます。

怒りとは、世の中にある不完全なものに対して、疑問を持つということかもしれません。そのものが自身に直接関わりのないものだったら、大きな疑問は抱かないかもしれないし、あるいはむしろ不完全であること自体に気づかないこともあるでしょう。

満たされる、恵まれているということは、もちろん悪いことではありません。けれど、自身が恵まれている一方で、恵まれていない人も存在するのだと慮ること、それは多様性が当たり前のように尊重されるこれからの時代において、とても重要になってくるでしょう。

もうひとつ、東京大学大学院の入学式における、藤井輝夫総長による式辞もご紹介させてください。

グリーントランスフォーメーションやマジョリティ・マイノリティ、ジェンダーバイアスなど、現代社会におけるさまざまな課題について語られていて、すべてにフォーカスしたいところですが、ここでは終盤の「ネガティブ・ケイパビリティ(Negative capability)」について言及します。

時間をかけて理解することの意義において、あらためて注目したいのが、「ネガティブ・ケイパビリティ(Negative capability)」です。これは英国の詩人キーツ(Keats)の言葉で、すぐには解決できない事柄を受けとめて向かいあい、不可解さや不確かさに耐えて取り組み続ける能力を意味します。帚木蓬生(ははきぎ ほうせい)は、著書『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える能力』[朝日新聞出版、2017年]のなかで、ネガティブ・ケイパビリティのことを「性急に証明や理由を求めずに、不誠実さや不思議さ、懐疑のなかにいることができる能力」であると述べています。これは、短時間での解決や、即時の反応といったスピード感が求められる今日、あらためて注目すべき見方でしょう。UTokyo Compass(※2)が重視する「対話」とは、ただ自分から話しかけることではありません。相手の声に耳を傾けなければなりません。それは、時に理解しがたいことがあっても切り捨てずに向かいあう態度であり、ある意味で「ネガティブ・ケイパビリティ」に通じます。

東京大学
※2 UTokyo Compass:東京大学が目指す理念や方向性をめぐる基本方針。

「相手の見ている世界を想像する能力」、そして「理解しがたいことがあっても切り捨てずに向かいあう態度」、それは人が人とコミュニケーションを取る際に、もしかしたらもっとも必要とされるものかもしれません。

現代には「特権」を持った人がいます。一方で、「存在しない」扱いを受けている人もいます。その差が生まれるのはなにも、生まれ育った環境が違うからとは限りません(もちろん環境を原因とした格差を肯定するわけではないのは前提として)。

たとえば政治や労働などの場において長きにわたって女性の意見が尊重されていなかったという事実によって、女性たちの生活やキャリアに弊害が及んでいることに警鐘を鳴らす『存在しない女たち』(キャロライン・ペレス、2019)という書籍は、まさしく藤井輝夫氏もスピーチ内で挙げていたところでした。

しかし、すべての人の立場も環境も権利もフラットにして、それぞれが好きな生き方を模索しながら生活するのは不可能でしょう。個々に特性や思想、スキルがあり、それらに合った場を探すとなると、どうしてもあらゆる指標において同じ立場で存在するというのは難しいです。

自身を尊重し、ほかのだれかも尊重する、そういった多様性のふくよかな社会と、だれもが平等で同等の権利を持つ社会というのは、同じことを表現しているようで、実は両立することのできないものなのかもしれません。

けれどまずは答えを出さずに、ゆっくりと目指すべきゴールに向かって誠意を持って向き合うこと、それがネガティブ・ケイパビリティなのでしょう。

目まぐるしく移り変わる現代では、なにかとすぐに決断をしてしまいたくなることもありますが、先に期日を決めて、それに合わせて答えを出すのではなく、答えが出るまで熟考するというのが大事なのだと考えられます。

ターゲット層の明確化

働きながら育児

ジェンダーレスマーケティングが求められる時代です。ペルソナの設定方法も以前とは変わってきたのではないでしょうか。そのうえで、年齢や性別にとらわれずに集客や販促を行おうとした結果、上手くターゲットを絞れないため分散してしまい、プロモーションを失敗してしまったということもあるかもしれません。

この時代に適切にターゲティングして、それを広告に落とし込んだ実例を紹介します。

カロリーメイト リキッド「わたしの、原動力。」

大塚製薬は、忙しいときもバランスのよい栄養を素早く手軽に取ることのできるカロリーメイト リキッドのプロモーションとして、働くお父さん・お母さんを主人公にwebCMを制作。

実際に働きながら育児をしている30~40代男女を対象に事前調査を行い、約8割が自分のためではなく、パートナーや子どもなどの関係が深いだれかのために働いていると回答したこと、そしてその回答をした方の約6割が「子どもからの言葉やお手紙などの応援」が仕事をがんばる原動力である、と答えたことを受けて進行されたそう。

たどたどしく、またちょっと笑ってしまうような子どもならではの無邪気な手紙は、子どもを持つ人であれば受け取った経験があるのではないでしょうか。

自分ひとりであれば、がんばるもがんばらないも、続けるもやめるも、あるいは食事を作る・作らない、食べる・食べない、眠る・眠らない、生活におけるあらゆる場面での決断を自身の気分や都合だけで行うことができます。

けれど、家族がいて、特に子どもがいると、休日に遊園地に連れて行ってあげたいから今日はもう少し仕事をがんばろう、規則正しく栄養のある食事をさせたいから在宅勤務の日は自炊しよう、今日は寝る前に絵本を読んであげたいから早く帰ろう、など、子ども基点で行動を選択するようになるのではないでしょうか。

もしかしたらそのことに疲れてしまうときもあるかもしれませんが、それでも子どもたちの無邪気な笑顔や言葉にエネルギーをもらうという人は多そうです。

レジャパス!「大学の時」「コロナの時」大人になったらどっちの名前で今を思い出すのかな。

レジャー施設を利用できるサブスクリプションサービス「レジャパス!」を提供する株式会社ORIGRESS PARKSは、コロナ禍であることで同級生たちと直接会って遊ぶ機会を失ってしまった学生たちをターゲットに、彼らの気持ちに寄り添う広告を数種類展開。2022年4月18日より1週間限定で都内9か所の駅構内に掲示しました。

やはり制作にあたって、事前にターゲットである学生たちに複数回インタビューを実施し、その本音をヒアリング。撮影時には、リアルでは初めて会うという学生同士、あるいは久しぶりに会う友だちグループを募集し、サービス加盟施設で遊んでいる姿を写したそう。

「ドキュメンタリーポスター」ということにこだわって制作されただけあって、いずれも自然体で、会えたことの楽しさが伝わってくるような表情が見てとれます。

時に「コロナ世代」と呼ばれることもある彼らの「呼ばないで」の言葉には本心が感じられますが、自身も今のこの瞬間を「大学の時」ではなく「コロナの時」と振り返るかもしれない、と想像するのは、なんともつまされる思いです。

ターゲット層には共感を、違う層には共感とともに同情に似た感情も抱かせる、巧みな広告です。コロナが「なければ生まれなかったものが100パーある」の言葉を信じて、今しかできない体験を思う存分味わってほしいですね。

静岡新聞「普通とは、奇跡だということ。」

静岡新聞
(画像出典:静岡新聞

長く続いたコロナ禍による生活様式も、少しずつ戻ってきている気配を感じます。在宅から出社に切り替える企業が増えてきたり、映画館は席を空けずに入場することができるようになったり、居酒屋も夜間営業をするようになったり、ビアガーデンやピクニックなどの屋外イベント、そして展示会やポップアップなど室内イベントも再開したり、2年間沈黙していたあらゆるものがまた動きはじめました。

非日常だった今までを、ようやくあのころの世界が上書きしてくれると期待してもいいころなのかもしれません。

しかし、人間は6か月程度、同じ習慣が続けられると、それに慣れるといわれます。これはロンドン大学による、21~45歳の学生96人が毎日同じ行動をすると、18~254日で習慣化するとわかったという実験に基づくものなのですが、2年以上もコロナ禍という環境に身を浸している私たちにとっては、既に今の状況こそが「普通」になっているとも捉えられます。

▶参考:Wiley Online Library, “How are habits formed: Modelling habit formation in the real world”

なにをもって「普通」とするのか、人それぞれ違うかもしれません。上の画像は静岡新聞が2022年3月21日付朝刊に掲載した広告。青く静かな空を平和の象徴である白鳩が「静岡」から「争」という字を取り去っていきます。この「静」という字には、「争いが澄みきって、静かになる」という意味があるそうで、くわえて、静岡という土地が、さまざまな点において日本の平均(普通)だといわれていることも感慨深いです。

このなかに描かれるように、「普通」とは、本来普通なのではなく「奇跡」なのかもしれません。つい会話のなかで「普通においしい」「普通にかわいい」、そんなことを言ってしまうこともありますが、それらが「普通」として人々に受け入れられるのはつまり、本当はむしろ「極上においしい」「極上にかわいい」ものなのではないでしょうか。

今回は主に、SNSなどのデジタルと、OOH広告や本、手紙、直接会って遊ぶということ、そして入学式という式典といったアナログを融合させた広告を中心に紹介しました。

コロナ前もコロナ禍も変わらず、人と人がつながろうとするその意思は、オンライン上でもオフライン上でも強く存在します。毎日こうして働けること、「帰ったらゆっくりお風呂に浸かろうかな」とか、「最近元気がなさそうなあの子に連絡してみようかな」とか考えられること、これらは今後なにか予期せぬ争いごとなど、自分ではコントロールしようがない大きな波に飲まれてしまったら、考えられない「普通」の幸せの集合体でしょう。

今もこうして、恵まれている人とそうではない人が同時に存在し、そしてそれはいつか反転する可能性もあります。みんなが同時に「普通」を手に入れることはできないのでしょうか。

答えを出すのは容易ではないですが、むしろ答えなどこの先どんなに熟考しても出せないかもしれませんが、それぞれの持つネガティブ・ケイパビリティを信じて、向き合い続けていきたいです。

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この記事を書いた人

浦田みなみ
元某ライフスタイルメディア編集長。2011年小説『空のつくりかた』刊行。モットーは「人に甘く、自分にも甘く」。甘いものといえば、ねことクリームソーダが好きで趣味でサイト運営もしています。

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