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夏の少女

夏の魔法と新時代の幕開け【キャッチコピー年表 vol.4】

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いま話題の広告のキャッチコピーから、その効果やメッセージを読み解く連載第4弾。今回はエモーショナルな夏を想起させるもの、それまでの常識やルールを覆すようなものをピックアップしました。

3か月間だけの特別な季節「夏」

夏、青春

季節というのはだいたい3か月おきに移り変わるものですが、四季のなかでも夏は特別扱いされているように感じます。空も海も青く、外気の温度にあてられて体温まで高まるような、なんとなく開放的で、老いも若きも「青春」のムード、そんなイメージを抱く人は珍しくないのではないでしょうか。

コロナ禍によって2年以上もの間、さまざまな制限や我慢を強いられてきましたが、ようやく今年は再び夏を取り戻せるかと思われた矢先に、第7波の鮮明化。

くわえて、以前蔓延していたデルタ株と比べて現在のオミクロン株のほうが重症化リスクが低いといわれているため、当時よりも規制が緩い部分もあり、どのように過ごすのか、個々人の考えや対応に委ねられていると感じる部分もあります。

たとえば遠出をせず友だちと近所のマクドナルドで食事をする、家にこもって読みたかった本を100冊読破する、そんな「ふつう」の生活も「スーパー最高」かもしれません。

日本マクドナルド株式会社「夏は、吸い込むものだ。」

2022年7月時点で既に販売終了していますが、6月に日本マクドナルド株式会社はアサヒ飲料株式会社とコラボレーションし、「マックシェイク カルピス(R)」を展開。それに伴って6月7日(火)より、TVCMを放映していました。

海沿いを走るローカル電車、女性4人の旅。主演である蒔田彩珠さんが眠る3人にほほ笑みながら車窓を眺めると、「風に海のにおいが混じってきた」というナレーション。

そして息を吸いこんだところで、「夏は、吸い込むものだ。」という文字が、のどかな景色のうえに映し出されます。

カルピスという商品の持つ爽やかなイメージに重なる、なんともすがすがしい映像です。けれど、新しさを感じるというよりは、どこか懐かしさを感じませんか?

もしかしたら、私たちは2年もの間、海の香りを吸いこむなんていう体験をしていないんじゃないかと感じました。海そのものが見えなくても、近づくたびに辺りから色濃く漂う潮風のにおい。それはまさしく、あの夏の思い出です。

マスクを通しては嗅ぐことのできないその香りは、ようやく友だち同士で海辺に遊びに来れたということ、そして思いきり一息つけるということ、つまり時の変化を示唆していて、この2年間の息苦しさからの解放を象徴しているように思います。

皮肉なことにこの商品の販売期間が終了した7月時点の今、コロナ感染者数は急増し、各地で過去最多記録を更新していますが、ちょうど当連載の前々回の号で、コロナの脅威を真の意味で「ウィズコロナ」に転じさせる方法を模索したように、少し前まで「今年こそは」と潮風を感じる夏を期待していた方も多いのではないでしょうか。

夕立に降られたときの熱いアスファルト、花火のあと、部室に広がるさまざまな種類の制汗剤、みんなで切り分けた大きなすいか、塩素の入ったプール……、においというものは、とかく記憶との結びつきが強いものです。

吸いこんで思い出す夏のかけらは、潮風以外にもたくさんあると思います。今はどんなにそれらが日常から離れてしまっても、きっと私たちは、来年も再来年もその香りに懐かしさを見出すことができるでしょう。

株式会社明治「ふつうの日、スーパー最高では?」

2020年夏より、「ふつうって、スーパー最高。」をコンセプトにブランド展開しているカップ入りラクトアイス「明治 エッセル スーパーカップ」。

今やどこのコンビニに行っても置いてあるといっても過言ではないくらい、日常的で「ふつう」のものとなったそれの特別感を、いま一度、コロナ禍という特異な世界のなかで噛みしめるようなメッセージです。

安い・おいしい・量が多いという、特に若者から支持されそうな3拍子を持った商品を、まさしく中高生の日常生活に溶けこませることで、より「ふつう」のスペシャリティが際立ちます。

コンセプトに沿って昨年から制作されているWebCM「日々」シリーズですが、第2弾となる今年は上に挙げた「語呂」篇をはじめ、「サドル」篇、「聖戦」篇、「演劇部」篇、「テス勉」篇の5篇を公開。

いずれも方言など現地に寄り添う言語を交えた中高生の素朴な姿が映しだされており、思わずくすっと笑ってしまうようなストーリーであるだけでなく、その誇張しない様子に、だれしも自分事に置き換えてしまいそうな共感性が感じられます。

学校というクローズドな空間では、そこでしか通じないような言語が存在するものですが、当動画にも独特の言い回しや間合いなどが見られ、まるで実在する生徒たちをそのまま切り取っているようです。既に学生時代を卒業した方も、懐かしさを覚えたのではないでしょうか。

キービジュアルも、生徒たちがお互いを撮り合ったような写真を貼り合わせた手作り感満載のデザイン。「ふつうの日、スーパー最高では?」というキャッチコピーの上には「くだらなくて。映えなくて。トクベツでも何でもない日々も。たぶん、かけがえのない日々ってやつだ。」というボディキャッチが躍ります。

「なんでもない日こそが特別」というのは、正直もはやクリシェともいうべき使い古された表現ではありますが、コロナ禍でその意味は再確認されたところでしょう。また、「くだらなくて。」「映えなくて。」といったシンプルで飾らない言葉に、このプロモーション内で描かれる中高生の実体が宿るようです。

株式会社集英社「夏の行き先は、本がきめる。」

夏休みに読書感想文の宿題が出されるというのは、全国の共通認識でしょうか。集英社文庫の毎夏恒例のキャンペーン「ナツイチ」の開始は1991年。それ以降に小中高生を経験した人であれば、なじみぶかいものかもしれません。

もちろん大人も文庫本を読むと思いますが、当キャンペーンがそもそも「夏休みに一冊、中高生にも文庫を手に取ってほしい」という思いから始まったものであるため、特にそのくらいの年のころに目にする機会が多かったのではないかと思います。

今年のキャッチコピーは「夏の行き先は、本がきめる」。繰り返すようですが、今年の夏もコロナ禍が続くことになったので、計画していた旅行を断念したという方もいるのではないでしょうか。

もちろん旅先で味わうご当地グルメや観光スポット、非日常感にこぼれる笑顔、妙に高揚してはしゃいでしまう深夜のテンションといった、実際に触れて体験する冒険とは違うので、「旅行の代わりに」とはいえないですが、本も心をどこか遠くへ連れていってくれます。

想像力をはたらかせれば、経験したことのない感情に心の針を振ることができ、それはもしかしたら旅先で得るそれと同等、あるいはそれ以上に今後の人生に奥行きを作ります。

ボディキャッチは下記のように続きます。

きみは、この夏どこへ行く?
海に山にプールに遊園地……。
行きたい場所はたくさんある。
でも、どこへも行けなくたって、
本は、
見たこともない景色へ、
ちょっと不思議な世界へ、
まだ出会ったことのない感情へ、
きみをつれて行ってくれる。
さあ、よまにゃ。

ナツイチ2022特設サイト

コロナ禍に限らず、「どこへも行けない」理由は人それぞれあるでしょう。ですが、どんな環境であっても本を読むことができれば、明日はここではないどこかに飛びたつことができるかもしれません。

この時代をふまえながら、あらゆる人に希望を与えるキャッチコピーは、それでいて陳腐化しておらず、本を読んでいるときの感覚を再発見させてくれるようです。

株式会社新潮社「この夏、100冊を読む100の理由。」

こちらも毎夏恒例、新潮社が行っているキャンペーン「新潮文庫の100冊」のキャッチコピーです。開始は1976年。歴史のあるプロモーションなので、イメージキャラクターや打ち出し方には変遷があり、2015年より現在の「この感情は何だろう。」というスローガンで展開しています。

そのなかでもさらに特徴的なのは2018年の変化。このときにキャンペーン対象作品である100冊のタイトルをボディキャッチに活かすというアイデアが生まれました。

この広告は当時SNSを中心に話題になり、タイトルを推測する人が続出したそうです。今年2022年もその流れを汲み、上のような「100冊を読む100の理由」を挙げています。

1冊ずつ色分けされカラフルなので、キャッチーにも見えますが、やはりここまで多くの文字が埋めつくす広告はなかなか珍しく、圧巻です。
実際、これだけ長文のキャッチコピーであれば、読むのを億劫に感じてスルーしてしまう人も多そうなものですが、それぞれなにを指しているのか「答え」のある文章なので、謎解きのような感覚で読みこませてしまうという仕掛けは、自社出版物である100冊のPRにもなり、新たなCXも生み出しており、自社商品を信じた企業の成功という印象です。

また今年は以前までと異なり、タイトルや文中の名文句ではなく、その本の感想や印象を言語化して並べているので、今まで以上にタイトルを当てるのは難問化。特設サイトでは、当該文章から作品詳細にそのまま遷移する仕掛けで答え合わせが可能になっています。


(特設サイトは2022年夏のキャンペーンURLなので、閲覧時期によっては遷移しない可能性があります)

また、近年は小説の「TikTok売れ」現象も多く見られますが、新潮文庫も新しい試みとしてTikTokアカウントを開設し、小説を紹介するショートムービーを公開。

@shinchobunko この本、大号泣します。詳細はコメント欄で!#新潮文庫の100冊 #本の紹介 #読書 #小説 ♬ オリジナル楽曲 – 新潮文庫

『こころ』や『人間失格』といった、いわずとしれた名作純文学から、上で挙げた『今夜、もし僕が死ななければ』といった話題作まで取り上げることで、活字離れが問題視されるZ世代にアプローチしています。

新時代を受け入れていく・築いていく

自然体

多様性を認めましょう、受け入れましょう、という言葉はスローガンのようにさまざまな場所で聞こえてきますが、そもそも今までもこれからも、人間は一人ひとりが別の身体と心を持ち、趣味趣向も悩みも考え方も異なるというのに、「認める」というのはおかしいような気がします。

ですが、人は多数派の波に飲みこまれ、その場から見えるものだけを「普通」であり「常識」であると錯覚しやすいことも事実。

自分がいま持っている視点とは別の角度から物事を見ようとするには、まず世界にはほかにどういう考え方があるのかを知ることが、最初の一歩として有効なのかもしれません。

いま常識だと思っていること、当たり前だと思っていること、常だと思っていること、そして、なんとなくそういうものだと諦めていること、それらすべてがただの思いこみだとしたら、先入観を捨てて、効率や利便性、あるいは「こうしたい」「こうであってほしい」という希望を優先させて見つめなおしてみることこそが新世界の幕開けです。

東海テレビ放送株式会社「生理を、ひめごとにしない。」

東海テレビの公共キャンペーンCMは2008年にスタートして以来、ジェンダーギャップやセクシュアルマイノリティ、発達障害といった、社会生活を送るうえで見て見ぬふりをできないテーマを掲げてきました。

このたびのテーマは、動画を観てわかるとおり「生理」。動画では「働く女性」篇、「赤い花」篇、「破局」篇、「雨の日」篇、「研修」篇、「アナウンサー」篇、「15歳」篇、「母」篇、「体験」篇、「おつかい」篇に分かれ、さまざまな人にとっての生理を描いています。

世の中には生理のある人とない人、そして不順などであるときとないときのある人がいますが、ない人にとっては一生関わらなくても生きていけると思われることなので、驚くべきことですが、成人であっても、生理は自分でコントロールできるものだと思っている人もいるそうです。

日本の性教育が遅れていることはよくいわれていますが、生理によって生じる体の不調は、重さも頻度も人それぞれで、場合によっては痛みや倦怠感、めまいなどで動けなくなるという人も珍しくなく、けれどそのつらさを知っているのは当事者だけというのが現状です。

生理のない人だけでなく、生理のある人でも自身のそれが軽いものであれば、重い人のことが理解できずに「たかが生理痛で休むなんて信じられない」なんて思ってしまうこともあるかもしれません。

今までなんとなく「はずかしいこと」や「隠すべきこと」として扱われてきた生理をきちんと日常に存在させようとする動きは、ここ数年で少しずつ見られるようになってきました。

それはフェムテック市場が拡大してきたり、女性タレント・インフルエンサーが自らのそれについて発言しはじめたり、といった小さな動きが集まって進んだことのように思います。

かつては男女分かれて受けていた保健体育の授業が、全員一緒に受けるものに変わったり、動画にもあったように男性インフルエンサーがSNS上で情報発信するようになったり、生理痛シミュレーターを体験して理解を深める人が増えたり、生理を秘めごとにすべきではないと世間が気づきはじめた今だからこそ、響くキャッチコピーかもしれません。

東海テレビのYouTube公式チャンネルにはこういった言葉も記載されています。

千差万別と言われる生理。
どんな痛みで、どれほどつらくて、これまで一体なぜ隠されてきたのでしょうか。

生理は、なかったことにされてきました。
それゆえ、悩みを相談できずにすれ違ったり、一人で抱え込んできました。
一方で見せないように、また一方で見ないようにしてきたのではないでしょうか。

でも、生理はタブーではありません。
むしろ、いまを生きる人類にとって、一番身近な話題かもしれません。

誰かと分かち合うことや、深く理解することで、前向きに捉えることもできるかもしれません。

知ることは、優しくなることでもあります。
大切な人のことを大切にするためにも、まずは、生理を知ることから始めてみませんか。

必要なのは、きっかけなのです。

東海テレビ公式YouTubeチャンネル

長野県「LGBT 『自分には関係ない』そう思っていました。」

長野県広告
(画像出典:長野県公式サイト

長野県は人権尊重に向けて積極的に活動を展開しており、長野美術専門学校と連携したポスターデザインプロジェクトを推し進めています。
上のポスターはなかでも、実は2018年度に公開されたもの。このたびTwitter上で再注目されていたのでピックアップしました。

そもそも長野県と長野美術専門学校がタッグを組んで、人権ポスターを制作するようになったのは2013年度のこと。最近だとジェンダーバイアスや感染症に関する人権侵害、犯罪被害者に対する人権侵害などをテーマに取り組んでいます。

上は2018年度に「LGBTの人権について考えよう」というテーマに沿って制作された広告ですが、昨年2021年度には「性の多様性について考えよう」という類似テーマが掲げられており、長野県としてセクシュアルマイノリティへの理解に重きを置いていることがうかがえます。

というのも、長野県では「WE ARE “ALLY(※)”」として性の多様性を尊重するためのガイドラインを県職員向けに提示したり、一般社団法人ディアパートナー推進機構と協業して、LGBTQや性の多様性に関する啓発動画を共催収録したりと、積極的に活動を行っていて、県全体では未導入であるものの、2つの市でパートナーシップ制度も取り入れているそう。

※Ally(アライ):英語で味方のこと。特に、セクシュアルマイノリティの方々を理解し、支援する人のこと。性の多様性を象徴するレインボーフラッグを掲げるなど、当事者に伝わりやすいように意思表明している人も多い。

多様化社会といわれるものの、正直現状では、当事者でない人のなかには、LGBTQに対して無関心の人も少なくないでしょう。ですが、左利きの人はどうでしょうか。周りに何人か思い当たる人がいませんか。

セクシュアルマイノリティは、左利きの人と同じくらいの割合で存在するといわれています。そう思うと、より身近に、鮮明に感じるものではないでしょうか。

LGBTQを支援することは、輪郭の見えないだれかを支援することではありません。もはや「少数派」とはいえないくらい確実に、同じ世界に多く存在していると理解を深めること、そして理解を深めた人が増えることで、今よりもっと生きやすくなるはずです。

人はよく知らないものに対して警戒心が強く、時に攻撃的にもなります。体と心の性が不一致だったり、性別を持たなかったり、同性と恋に落ちたり、恋愛感情を持たなかったり、そんなことはもう珍しいことでもなんでもなく、ただ同じ時を生きる人として接することができる社会になることを望みます。そして、望んでいれば、いつか叶うのではないかと思うのです。

株式会社ファミリーマート「そろそろ、No.1を入れ替えよう。」

こちらは渋谷駅前に掲出されたファミリーマートの広告。2021年10月、プライベートブランドを刷新するにあたって出稿されたものです。併せて新聞広告には「負けていたのは、イメージでした。」というキャッチコピーを採用し、社名こそ挙げていないものの、「業界1位」の会社と自社のハンバーグを比較するアンケート結果を掲載し、大きな波紋を呼びました。

どちらのほうがおいしいか関東在住の100人に聞いた結果、イメージでは業界1位の会社のほうが圧倒的に支持されていたのに、実際に試食したあとはほぼ同等ではあるものの逆転する結果を得たというグラフに、「業界1位の会社に喧嘩を売っている」とネット上で話題になったものです。

くわえて最後の文言は「チャレンジするほうのコンビニ」。なんと大胆な下剋上宣言でしょう。

このたびローンチされたプライベートブランドは「ファミマル」。2021年9月に創立40周年を迎えたことを機に、さまざまなきっかけでファミリーマートの店舗に訪れてもらえるよう、「ファミマる」という造語を由来に決定したそうです。

それまで「ファミリーマートコレクション」や「お母さん食堂」と銘打って販売されていた商品が一挙にファミマルに切り替えられました。なお「お母さん食堂」について少し触れておくと、惣菜や冷凍食品といった食卓に上るような商品に「お母さん」というネーミングがなされたことに、物議を醸すこともありました。

シングルファーザーや主夫、両親不在、今や食卓の場はさまざまな形態が考えられるなか、「食事は女性が用意するもの」というジェンダーバイアスを助長させる名前ではないかと批判されたのです。

高校生による改名を希望する署名運動も行われ(既に終了)、7,561人の賛同者が集まったという経緯もあります。

実際にこの署名運動が今回のブランドリニューアルにどれだけ影響を与えたかはわかりませんが、「ファミリー」という名前を持った会社なので、現代の多様なファミリーの形に向き合うのは当然の流れだったかもしれません。

大手企業であれば当然ながら影響力も大きいため、企業戦略を進めるうえで炎上リスクはつきものでしょう。そのときに、世間の声にどれだけ真摯に向き合うことができるのか、企業に求められるのは「炎上しないマーケティング」よりも、「炎上したあとの適切な対応」かもしれません。

ファミリーマートは、リブランディングを挑戦的なキャッチコピーで宣伝し、認知度を上げたことで、ネガティブイメージを払拭した印象があります。

広告はコミュニケーションする

冷蔵庫を開ける

広告はしばしば、コミュニケーションと表されます。商品やブランド、企業の魅力、価値をユーザーに伝達するだけでなく、現代においてはあらゆる面でデジタル化が躍進したことで、ユーザーからの意見を吸いあげ、さらに双方向でやりとりをすることが可能だからです。

通常、人が人と対話するときに使われるのは言葉、そしてそれを発する際の態度や目線、ジェスチャー、声のトーンや速度など。実際に発された言葉以外の情報もふくめて、コミュニケーションは行われます。

たとえば、真夏に閉めきった部屋にいて「今日暑くない?」と聞かれたなら、それはただ単に「暑いと思うかどうか」を尋ねているのではなく、その目線が窓を向いている場合は「窓を開けてほしい」、エアコンのリモコンを探している場合は「エアコンをつけたい」といった意図をはらんでいるかもしれないと推測できます。言語学においてスピーチアクトと呼ばれる分野です。

そしてそれが早とちりだった場合は、相手から即座に訂正が入るでしょう。「エアコンはつけなくていいけど、お茶を一緒に飲むか聞きたかった」と。

広告は先に述べたように、ユーザーと公開後にやりとりすることはできますが、ポスターや新聞広告、web動画の場合、リアルタイムに意見交換することはなかなか難しいです。

ミスリードさせないためには、適切なキャッチコピーを設計するのはもちろん、デザインやストーリー、キャラクターの表情やポーズなど、細部まで言語の一部として熟考する必要があります。いわば「ビジュアル言語」といってもいいかもしれません。

今号の最後に紹介するのは、NTTドコモが30周年を記念して制作したwebムービー『もしも史』。

重さ3kgもあるショルダーフォンからポケベル、ガラケー、スマホと、人と人をつないできたデバイスの変遷を、バブル、ギャル文化、SNS、バーチャルと時代を彩るカルチャーの変化とともに描いています。

最後を結ぶ言葉は「人をつなぐ。元気をつくる」。30年もの間、結びつきを求める多くのだれかを孤独から救う手助けをしてきた企業ならではの、明るいメッセージです。

バブル時代やギャル文化を知らない若年層にも、なんとなく当時を生きた人たちのムードを伝えることのできる共感性の高さは、歌詞をふくめ、言葉も映像もコンセプトにしっかりマッチしているからかもしれません。

今回紹介した作品は、アフターコロナを想起させる「吸いこむ」という動詞、潮流を読みとったうえでの「ひめごとにしない」「入れ替えよう」という宣言など、その公開時期もふまえてストーリーが考えられています。

キャッチコピーだけが独り歩きするのではなく、時代に寄り添って、ビジュアルも音声も融合して発信されてはじめて、広告は完成するのです。

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この記事を書いた人

浦田みなみ
元某ライフスタイルメディア編集長。2011年小説『空のつくりかた』刊行。モットーは「人に甘く、自分にも甘く」。自分を甘やかし続けた結果、コンプレックスだった声を克服し、調子に乗ってPodcastを始めました。BIG LOVE……

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