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エトス・パトス・ロゴスとは?古代ギリシャの説得法「弁論術」が現代のマーケティングに不可欠な理由

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マーケティングの効果を高めるには、「ターゲットへの訴求方法」をブラッシュアップする必要があります。自社の商品・サービスの魅力を伝え、納得してもらう「伝え方の工夫」により、コンバージョンなどの指標が大きく改善されることもあるでしょう。

こうした「人に納得してもらうための伝え方」は、ビジネス書をはじめ多くのメディアで扱われているテーマです。一方で、実はこのテーマが古代から学問の考察対象とされてきたことについては、あまり知られていないかもしれません。

今回は古代ギリシャの説得法である「弁論術」において、重要な観点とされていた「エトス・パトス・ロゴス」という3つの概念から、マーケティングのヒントを探っていきましょう。

エトス・パトス・ロゴスとは

エトス・パトス・ロゴスは、古代ギリシャの哲学者アリストテレスがその著書『弁論術』において示した概念です。「人がどのように説得されるのか」というメカニズムを考察した結果、アリストテレスはこの3つを最重要項目として導き出しました。

いずれの言葉もギリシャ語であり、エトス(ethos)は通常「習慣」や「人柄」といった意味を表します。さらにパトス(pathos)は「感情」や「情緒」を、ロゴス(logos)は「論理」や「言葉」を指す単語です。

『弁論術』において、アリストテレスは人を説得するうえで「エトス=話し手の人柄」「パトス=聞き手の感情」「ロゴス=話の論理性」が欠かせないと考えました。

同書は説得の技法を体系的に整理した書物として現代まで受け継がれており、とくにこの3つの観点は現在でもマーケティングやブランディングなど「誰かに何かをアピールしたい状況」において、有効な観点として活用されています。

そもそも弁論術とは

古代ギリシャの中心都市であるアテネは、当時「直接民主制」と呼ばれる政治制度を取り入れていたことで知られています。共同体の運営に関する重要な事柄は、成人男性の「話し合い」を通じて決定されていたことから、「相手を説得する技術」が政治的な影響力に直結していたと伝えられています。

このような背景から、話し合いの技法である「弁論術」は立身出世の手段としても重要な位置を占めていました。弁論術を用いて政治活動を行うほか、その方法論を他者に教える家庭教師のような存在が現われるなど、「説得力を得ること」は当時の社会における大きな関心事だったと考えられます。

そうしたなか、誰かが誰かを説得する際の心の働きや、論理展開の方法などを深く研究した書物がアリストテレスの『弁論術』なのです。

『弁論術』におけるエトス・パトス・ロゴスの順番と位置づけ

『弁論術』において、この3つの要素は「1.エトス」「2.パトス」「3.ロゴス」という順番に解説されます。いずれの言葉も多義的な意味をもっていますが、日本語においては上述のように「エトス=話し手の人柄」「パトス=受け手の感情」「ロゴス=話の論理性」というニュアンスで解釈される傾向にあります。

ここで注目したいのは、3要素のそれぞれが異なる観点から取り出されていることです。つまり、エトスは「話し手の性質」に、パトスは「受け手の性質」に、ロゴスは「話そのものの性質」に関わっています。

このように、コミュニケーションが「伝える側」「受け取る側」「伝達される情報」という3つの要素から成り立っているという構図は、現代にも通じる普遍的なモデルだと考えられます。アリストテレスはこのモデルのなかで、伝えたい情報を受け手に届けるための条件やメカニズムを考察したのです。

詳細な分析から導出されるこれらのメカニズムは、コミュニケーションにおける人の心理を鋭く解明したものであり、現代のマーケティングにおいても大きなヒントを与えてくれるでしょう。

エトスとは

『弁論術』の解釈において、エトスはしばしば「人柄」と訳されます。英語で「倫理」を意味する「ethics」の語源とされており、かなり多義的な含みをもつ言葉です。人柄のほか、「道徳」や「習慣」など、「ある人の行動の背景となる価値観や考え方」といったニュアンスを含んでいます。

このエトスという言葉を企業活動の場面に置き換えると、「組織としての理念や姿勢」を表すことになるでしょう。具体的には、その企業のエトスは経営理念やミッションなどに表れるものであり、「他の経済主体からの信頼感」に直結する要素だと考えられます。

『弁論術』において、エトスは人を説得するうえで非常に強い力を発揮する要素だとされています。それはときに「話の中身」よりも決定的な意味をもち、「何を話すのか」よりも「誰が話すのか」が重視されるケースも多いというのです。

この点に関しては、現代においても同様の傾向を指摘できるかもしれません。たとえば「気持ちのいい挨拶をする人」と「挨拶をしない人」では、同じ内容を話していても受け手は前者の話により深く傾聴するものと考えられます。

つまり換言すると、エトスはコミュニケーションにおける「その人の雰囲気」や「キャラクターとしての印象」といった要素に関わる観点だといえるでしょう。

エトスを構成する3つの要素

『弁論術』において、エトスは「思慮」「徳」「好意」という3つの要素から成り立つものとされています。

1つめの「思慮」は、善悪の判断などモラルに関する言葉であり、「知恵」や「良識」といった言葉でも置き換えることができます。企業活動の場面で考えると、たとえば「利益追求のために環境に甚大な影響を及ぼす」「労働者の人権を軽んじる」といった姿勢は思慮に欠ける行為と考えられるでしょう。

2つめの「徳」は、自身の優れた性質によって、他人に対して利益をもたらすことを意味します。企業活動においては、商品・サービスを通じた顧客満足度の向上や、社会貢献活動などが徳に関連する取り組みだと考えられます。

3つめの「好意」は、相手に共感する姿勢を意味する言葉です。たとえば企業が消費者の目線に立ち、アンケートやモニター調査を通じて商品・サービスの改善を図ることなどが該当するでしょう。

総じて、企業活動におけるエトスは「顧客からの信頼を得ること」に関わっています。この信頼は、「思慮=適切な善悪の判断」「徳=顧客への利益の提供」「好意=顧客への共感」という要素から築かれるのです。

企業活動としてのエトス

具体的な企業活動において、エトスは「商品・サービスを通じた顧客への利益提供」のほか、「社会問題へのコミットメント」などを含む観点だといえます。「相手」や「社会」を重んじる姿勢や取り組みが、全体として企業の信頼感を醸成し、マーケティングにおける説得力にもつながっていくのです。

具体的な例として、日産自動車株式会社の取り組みを挙げてみましょう。同社は国内市場においてEV(電気自動車)の市販化にいち早く取り組み、世界的に課題とされる環境問題にコミットしてきました。

顧客への利益という面でも、国内で需要の高い軽自動車規格のEV車種を発売するなど、高価格モデルが多いEV市場のなか実生活を意識したモデルにも力を入れています。また社会貢献活動としては、災害時に被災地までEVを派遣し、移動式の電源として電力を供給するなど、自社商品の特性を活かした取り組みを実践しています。

(参照:日産の電気自動車が災害復旧に貢献 | 日産ストーリーズ | 日産自動車企業情報サイト

パトスとは

パトスは英語の「passion(情熱)」の語源とされる言葉であり、人間の喜怒哀楽をはじめとする心の動きを指しています。

『弁論術』においては「受け手側」の心理状態を表し、アリストテレスはこの言葉を通じて「感情によって情報の受け止め方は変わる」ことに着目しています。同じ言葉を投げかけられても、苛立っているときには「悪意のある言葉」として受け止め、リラックスしているときには「好意的な気遣い」として受け止める、といったことは現代でも珍しくないでしょう。

マーケティングに置き換えると、パトスは「ターゲティング」に大きく関わる観点だといえます。たとえば同じWeb広告を目にするにしても、「通勤中の電車内」と「家庭での余暇時間」とでは受け取り方が変わってくるはずです。相手の感情や精神状態を想定したうえで、そこに響く情報を投げかけることが、効果的な情報伝達には欠かせません。

このパトスは、古代ギリシャの弁論術においてもとくに効果の高いポイントとして重視されていました。アリストテレス自身は「聞き手の感情のコントロール」に偏重する当時の風潮にやや懐疑的な姿勢を見せているものの、聞き手の感情を惹起し、それをマネジメントすることで高い説得効果が得られることについては、動かしがたい事実として認めています。

ターゲティングにおけるパトスの観点

上述のように、パトスは現代における「ターゲティング」と密接に関係する観点です。たとえば「昼食前の時間帯にテレビでグルメ系コンテンツを見て、同じものが食べたくなる」というのも、パトスに関連する話として捉えられるでしょう。

つまりパトスとは「時間帯や環境などによって変化する受け手の状況」であり、これに対して的確なアプローチをすることは、現代のマーケティングにおいても重要な指針であると考えられます。

とくに現在のWeb広告においては、「状況に応じたターゲットへのアプローチ」が可能であり、ここでの工夫が成果を大きく左右することもあるでしょう。商品・サービスの性質と、ターゲットの行動パターンを考慮しながら配信時間を変えるなど、「受け手がどんな状況にいれば、その情報が適切に伝わるか」を精査することが大切です。

コンテンツ制作におけるパトスの観点

パトスの観点はコンテンツ制作においてもきわめて重要な意味をもっています。ターゲットが抱えている不満や疑問など、「次の行動につながりやすい感情」に焦点をあてながら、「その心情に共感を寄せつつ解決法を提示できるようなコンテンツ」を意識したいところです。

パトスの観点がコンテンツ制作に活かされている事例として、子どもをもつ女性向けの情報プラットフォーム「ママスタ」が挙げられます。

同プラットフォームでは、掲示板機能をもつ「ママスタコミュニティ」において育児や夫婦関係、家族問題などに関する雑談の場を設け、そこに寄せられた内容を編集部がピックアップ。そのストーリーを漫画化し、「ママスタセレクト」というWebメディアに掲載しているのです。

育児や家族関係、友人関係にまつわる不満やモヤモヤ感などにフィーチャーしており、共感性の高いコンテンツを数多く配信しています。さらに1つのストーリーを数日にわたって掲載することにより、読者の感情を継続的にキープし、月間8億PVを達成する巨大メディアへと成長しています。

(参照:ママスタジアム・ママスタセレクトの広告出稿について | ママスタセレクト

ロゴスとは

ロゴスは英語の「logic(論理)」の語源となった言葉であり、日本語としては「理性」や「言葉」など多義的な意味をもちます。感情に対する理性の働きや、自然に対する論理の働きなど、人間が有するロジカルな側面を表す言葉です。

『弁論術』においては、ロゴスは「話の内容そのものが有する論理性」を指しており、言語を巧みに操ることによる説得力を表します。具体的には、因果関係を適切に導いたり、喩え話を用いたりと、「わかりやすく情報を伝える手段」について考察されているのです。

このロゴスの観点は、主にコンテンツライティングなど、「話をうまく展開させる方法」を知るうえで参考になるでしょう。またビジネスシーン全般においても、「相手とどのように前提を共有し、必要なポイントを伝えていくか」についてのヒントが得られるはずです。

このロゴスを解説するにあたり、アリストテレスは大きく「例示」と「説得的推論」という2つのポイントを挙げていますので、以下でこれらについて解説していきます。

例示としてのロゴス

例示とは「喩え」を意味し、ここでは説得における「比喩や具体例」の重要性が解説されています。人に何かを説明する際、物事を1から10まで逐一解説していくよりも、適切な喩えによって論理関係を短縮することにより、多くの人に話が理解しやすくなるというのです。

たとえば「EV(電気自動車)は便利だ」ということを、EVについてあまり知識がない人に解説するとしましょう。ここで、EVが動くメカニズムや、充電に用いられる技術、蓄電池としての活用方法などを細かく解説していくと、興味のない人にとっては退屈に感じられてしまうかもしれません。

反対に、細かい説明を省略し、「AさんはEVに乗り換えて年間○○円節約できた」「Bさんは停電のときにEVを蓄電池として活用し、家の電力を確保した」といった具体例を出した方が、受け手の興味をそそり、話も伝わりやすくなると考えられます。

この際用いられる例示の種類には、上のような「過去の事例」や「実際の経験」のほか、「仮定の話」などがあります。

たとえば進学塾の進学実績は「過去の事例」であり、これは客観性を担保するのに役立つでしょう。次に、「実際の経験」には商品・サービスについての口コミなどが該当し、共感的理解を得やすいと考えられます。「仮定の話」はまだ起きていない事柄を推測・想定したものであり、たとえば「断熱性の低い家に住むと光熱費が高くなる」など、受け手側の危機感を喚起する傾向にあります。

説得的推論におけるロゴス

説得的推論は、「説得のために推論の過程を簡略化する」ことを目的とする技術です。たとえば何かの情報を伝える際、「相手と共有している情報」をカットして話すなど、話の前提や根拠をなるべく端折りながら伝える手段を表します。

説得的推論においては、因果関係の正確さよりも、「受け手が結論を端的に理解でき、かつその内容が軽薄に感じられない伝え方」が重要だとされます。端的な理解を促す方法はさまざまに考えられますが、『弁論術』においてはとくに「二項対立の活用」というポイントが挙げられています。つまり何かと対比することで、伝えたい魅力や特徴を強調する手法です。

たとえば先のEVについて訴求する際に、「EVは環境に優しい」「EVは騒音が少ない」など、「それ自体の性質や特徴」だけを述べたとしても、相手には「どれだけ優れているのか」が伝わりにくいと考えられます。

ここで、対立項として従来のガソリン車を挙げながら、CO2排出量を比較したり、走行時の車内騒音を比較したりすることで、その魅力が伝わりやすくなるでしょう。

ただし実際のコンテンツ制作においては、景品表示法で禁じられる比較優良表現に該当しないよう注意する必要があります。商品そのものを比較するよりも、たとえば家づくりにおける工法や素材の違いなど、「一般的な特性や性質」を客観的に解説していく方法が有効だといえます。

まとめ

アリストテレスの『弁論術』は、人を説得するための方法について、エトス・パトス・ロゴスという3つの側面から論じた書物です。誰かを説得するには「情報を伝える側の人柄や信頼感」「受け手の感情」「話の論理性」が必要だというのは、現在のコミュニケーションにも妥当するでしょう。

企業の経営やマーケティングにおいても、このエトス・パトス・ロゴスという観点は一種のフレームワークとして活用できると考えられます。

たとえばエトスの観点からは、「自社が消費者にとって信頼に足る取り組みをしているか」をチェックできるはずです。パトスの観点においては、「ターゲットに適切なアプローチができているか」を検証できます。またロゴスの観点からは「コンテンツ内でわかりやすく情報を提示できているか」を確認できるでしょう。

一方で、コンテンツ制作にエトス・パトス・ロゴスの観点を取り入れる際には、しっかりと注意しておきたいポイントもあります。とくにパトスに関して、消費者の生活上の不安やコンプレックスにつけ込むような広告コンテンツは、JARO(公益社団法人 日本広告審査機構)による警告対象となる可能性もあります。

(参照:JARO審査基準改定について | JARO 公益社団法人 日本広告審査機構

またロゴスにおける二項対立の活用については、比較表現の有効性が示唆されていますが、景品表示法では消費者に誤解を与える競合製品との比較表現が禁じられているため、コンテンツ制作においては慎重になる必要があるでしょう。

もちろん、エトス・パトス・ロゴスという観点が「人に何かを伝えるうえで重要なポイント」を示唆していることに変わりはありません。現状の制度や文脈をふまえつつ、古代から伝わる普遍的なノウハウをマーケティングに役立てていきたいところです。

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この記事を書いた人

鹿嶋 祥馬
大学で経済学と哲学を専攻し、高校の公民科講師を経てWEB業界へ。CMSのライティングを300件ほど手掛けたのち、第一子が生まれる直前にフリーへ転身。赤子を背負いながらのライティングに挑む。

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