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“フィジタル”ってなに?【キャッチコピー年表vol.7】

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webで集客することが当たり前になった現代。AIの発展などにより、ますますその勢いは加速していくのを感じる一方で、コロナ禍による制限の反動もあり、実際にその場に行って直接見たり聞いたり、体験することの重要性も注目されるようになりました。

以前にも当特集において、街中で予期せぬ出合いを生み出すOOH広告について取り上げましたが、現実世界とデジタルを融合させる動きは、より強くなってきたのを感じます。今回はそんな「フィジタル」な話から「タイパ」「広告賞」「応援」をテーマに広告のキャッチコピーを読み解いていきたいと思います。

ROPOとフィジタル

買い物

いまや実店舗をかまえる業態でも、並行してECショップを運営するのは珍しくありません。あらゆる販売網から顧客体験を生み出そうとすること、またその状態を「オムニチャネル」といいますが、小売業者やブランドにとって欠かせない生存戦略といえます。

特にこれから注目していきたいのは、以下のふたつのキーワード。


①ROPO(Research Online, Purchase Offline)

「Research Online, Purchase Offline」という言葉どおり、リサーチはオンラインで行い、購入するには実店舗(オフライン)に赴く人が増えているといいます。一見、同じブランドであれば、どちらで買っても売り上げが立つので問題ないと思われるかもしれませんが、顧客情報をきちんと連携できていない場合は要注意です。

SNSやECショップなどオンラインでその商品について知ったのに、「実店舗で購入」というデータしか残っていなかったら、そのユーザーの購入意図や経路が的確に把握できません。そのため、オンライン・オフラインで分けずに総合的に顧客体験を見届けることのできるツールと視野が必要です。


②フィジタル

「フィジタル」とは、Physical(フィジカル)とDigital(デジタル)を掛け合わせた造語で、物理的世界とデジタルを融合させることを指します。

ROPOという現象が増えているのであれば、より実店舗とオンラインショップに相互送客できる施策が求められるはずです。たとえば、実店舗でアイテムを購入すると限定のNFTがもらえたり、逆にNFTを購入してそれを実店舗のスタッフに見せると連動したアイテムが受け取れたり……。

実店舗の近くを通った際に、公式アプリやLINEなどで通知が届くというのも有効でしょう。最近ではフィジタルなウェアラブル技術にも注目が集まっており、今後はより個人の生活や行動に密着したレコメンド情報を受け取れるようになるかもしれません。

見つけてください。(森永乳業)

オンラインからオフラインへ送客を図るという面でご紹介したいのは、森永乳業のコーヒーブランド「マウントレーニア」より2023年4月に発売された「ブラック 無糖」の広告。

同月よりマウントレーニアをはじめとするさまざまな飲料が擬人化された縦型のショートムービーがweb上で公開され、X(旧Twitter)でも話題を呼びました。

それまでの同シリーズとパッケージを一新したことでコンビニなどでの配置棚が変わるため、それを「野菜ジュース棚に配属」と表現し、「見つけてください」と不安な声ながら実店舗へ誘導しているのですが、X上にはまさしく「見つけました」と購入したマウントレーニア ブラック無糖の写真をリプライするユーザーや「見かけたら飲んでみたい」という声が上がっています。

当商品のパッケージ変更は、よりコーヒーの香りを楽しめるような構造にするという意図があり、またリサイクル材を使用しているため、広告では香りや環境意識を強調して伝えることもできたはず。

コンビニの飲料棚という購入する際の視点を自然と視覚におさめ、会社員やビジネスパーソンであればなんとなく共感してしまいそうな「配属」「異動」といったキーワードを用いたストーリーに仕立てたのは、アイデアの勝利という感じがします。

※広告規制により、サンマを持たされています(講談社)

先のマウントレーニアの手法は、いわば「見つけにくい」のを逆手に取ったものでありますが、2022年にはこんな「逆手に取った系広告」もありました。

『ザ・ファブル』という殺し屋たちの世界を描いた人気漫画のOOH広告の中で、登場人物たちは銃の代わりにサンマを手にしており、「※広告規制により、サンマを持たされています」と大きく注釈を入れることでXをはじめネット上で大きな話題を生んだのです。

そのシュールな世界観はさまざまなメディアでも取り上げられ、なんと2023年にはその広告クリエイティブをアクリルスタンド化した商品も発売されるという異例の人気ぶり。(上の画像がそのアクリルスタンドです)

当記事のテーマからは少し脱線しましたが、広告を打ち出すときにはコンプライアンスや予算など、さまざまな面で制限を強いられることもあると思います。それもアイデア次第では、このようにブランドの“武器”になってしまうということを覚えておきたい一例です。

ジャイアント猿桜像(Netflix)

もうひとつビジュアルの見せ方が印象的だったプロモーション企画をご紹介すると、2023年前半はNetflixオリジナルドラマ『サンクチュアリ -聖域-』が世間をにぎわせました。

大相撲を舞台に描いたその作品は、配信開始から1週目の時点で日本国内で1位を記録し、グローバルでもTOP10にランクインするなど、圧倒的な勢いを見せつけたわけですが、広告の手法も大胆で印象的。

大相撲の聖地である両国に、主人公「猿桜」の全長25mもの巨大な像を期間限定で設置したのです。場所は駅の3番ホーム。横たわるその姿は痛恨の表情を浮かべており、ドラマファンであれば、厳しい稽古に耐えながら何度も立ち上がるシーンを思い起こすのも容易ではないでしょうか。

繰り返しになりますが、当作品はNetflixのオリジナルドラマ。つまりネット上でしか観られません。その主人公を作品と関連の深い地に実在させるというのは、フィクションとノンフィクション、そしてまさしくデジタルと現実を融合させるフィジタルなアプローチといえるでしょう。

作品のファンはその目で直接見てみたいと駅まで訪れたかもしれませんし、知らなかった方も駅を利用した際に作品に興味を引かれたのではないでしょうか。

もともとOOH広告において、横長のクリエイティブというのが昨今のトレンドでもありました。先述のマウントレーニアも、交通広告は横長のビジュアルで飲料棚をリアルに再現しています。どこにブラック無糖があるのかつい探してみたくなるような、ユーザーに“参加”を促すグラフィックが巧みですね。

ジャイアント猿桜像の場合は、横長×立体に表現したことで、見る者の心にドラマの臨場感や躍動感、迫力を印象づけたのではないかと思います。思わず写真を撮りたくなる精巧な作りも手伝って、当時SNS上には現地を訪れた方々による投稿が相次いで見られました。自然と作品を波及させることに成功した一例といえるでしょう。

タイムパフォーマンス(タイパ)

時計

これまではファネルという概念が浸透しており、認知から購入までに興味・関心を抱き、比較検討するフェーズがあり、それぞれのタイミングに適したアプローチを行うことでCVというゴールにたどり着くと考えられていました。

もちろんそれが有効なマーケティング手法であることは変わらないのですが、近年では商品やサービスを認知してから購入にいたるまでのスピードが短縮化している傾向も見られます。

たとえばInstagramなどのSNS上で商品を知り、そのまま同プラットフォーム上のカタログ機能を利用して、たった数秒程度で購入にいたるというのも珍しくないでしょう。

そうなると、それまでブランディング広告とパフォーマンス広告を分けてプロモーションしていた企業も、一体化させ、常にブランド力向上と販売促進を並行して行う必要が出てくるかもしれません。

同時にいえるのは、現代社会では「タイパ」が重要視されるということ。ユーザーのなかに認知から購入までの時間を短縮させたいというニーズがあるのであれば、マーケターも同じスピード感でさまざまな施策を打ち出していく必要があるでしょう。

タイムトラベルパスタ スパゲッティが出てくる(サントリー)

サントリーは2023年6月、「GREEN DA・KA・RA やさしい麦茶」の新CMを発表。web上だけでなく一夜限定でTVでも放送されました。

靴下を手に付けた白井さんが手を振るシーンからスタート。そのあと突如白井さんがバレエダンサーとなり高速回転し「やさしい麦茶」を飲み、白バックを背景に逆立ちに挑戦する白井さん。逆立ちに合わせて『タイムトラベルパスタ スパゲッティが出てくる』というタイトルが出てくると次は、周りでボウリングのピンが踊る中、ダブルピースで「やさしい麦茶」を飲む白井さん。

続いて、暗い部屋で突如プロジェクターをつけ、サンタやトナカイが踊るアニメを映しながら、こちらに振り向く白井さん。すると、空から振ってきたキウイフルーツを食べて笑顔になり、ピンク色の空の中をドーナツに乗って回転しながら跳んでいく白井さん。

再びバレエダンサーの格好で「やさしい麦茶」を飲むと、『エレファントダンスパーティー、ここに極まれり!!』と一言。すると、虹のかかった荒野を背景にダンサーと共にダンスを踊り、いつの間にか「やさしい麦茶」を飲みながら巨大な「やさしい麦茶」の上でスプリットジャンプをする白井さん。ラストシーンでは荒野でダンサーを引き連れながら、夕日にそびえ立つ「やさしい麦茶」へ向かって歩く場面が映し出されます。

サントリー公式サイト/改行箇所はこちらで調整)

と、公式発表を見てもよくわからないそのストーリーは、実はChatGPTによって生成されたもの。公式サイト上では併せて、ChatGPTを「やさしい麦茶宣伝部のAI部長」と見立ててCM案のフィードバックをもらったり、キャスティングの相談をしたりしている様子も公開されています。

CMを一見しただけでは理解が難しいですが、AIを活用して制作されたのだとわかると、サントリーという会社には遊び心があり、話題のツールをすぐに取り入れる柔軟性があるのだということが伝わり、またあまりのインパクトに商品名や商品についても覚えてしまうという効果が見込めそうです。

これはまさしく先述した「ブランディング広告とパフォーマンス広告を同時に打ち出している」といえる実例ではないでしょうか。実際にこのCMがどれほど売り上げに貢献したかはわかりませんが、少なくとも記憶に残る広告だったと思います。

3秒でまとめると、(新潮社)

TikTok上で紹介された商品が拡散されて爆発的に売れる、いわゆる「TikTok売れ」という現象については、当メディアでも過去に取り上げたことがありますが、そのなかでも「本」は成功事例として紹介されました。

上は新潮社のブランド「新潮文庫」のTikTokアカウントによる投稿ですが、『人間失格』『星の王子さま』『こころ』という3つの名作を3秒で紹介したうえで、「名作って、秒でオチがわかんない。だから、コスパ最強。」という言葉で結んでいます。

少し前に「ファスト映画」というものが注目されました。ファスト映画とは、無断で映画作品の映像を編集して、字幕やナレーションをつけて結末まで明かし、YouTubeなどで気軽に閲覧できるように短時間にまとめたもの。

もちろんその著作権の扱い方については言及するまでもなく、間合いなどを取っ払うことで観る者の読み解く力を奪うのではないかと指摘されている件についても、何度も問題視されてきたコンテンツであることは前提として、しかし近年ではサブスク型の映像配信サービスの普及によって、映画を観るという行為がカジュアル化したこともあってか、映像作品を早送りや倍速で鑑賞する人も多いと聞きます。

その是非についてもやはりさまざまな意見があるとは思いますが、芸術・娯楽にさえ、こうしてタイパを求めるユーザーがいるということ自体は事実。SNS上で小説のあらすじを短縮して伝えるという手法そのものは実に「いまっぽい」といえるでしょう。

昨今はますます「買い物に失敗したくない」と考えるユーザーが増加傾向にあるといわれているので、「いざ買って読んでみたら好みのストーリーではなかった」というネガティブな購入体験を防ぐために、事前にストーリーを知りたいと考える方もいるかもしれません。

当プロモーションの場合は、「名作を3秒でまとめられるわけないじゃないですか!」とそれぞれの魅力を愚痴のような語り口で続けるのも、“実際にだれか個人が紹介している”という親近感を覚えさせ、効果的に感じます。

※皆さまの時間を無駄にしないために1.5倍速でお送りします。(損害保険ジャパン)

こちらは成果をあげたYouTube広告を表彰する「YouTube Works Awards Japan 2023」において「Best Target Reach 部門賞」に選ばれた損害保険ジャパンによるwebCM。

まだまだ保険サービスを自分事として捉えにくい20~34歳からの自社の認知度に課題を感じ、若年層の価値観に寄り添う会社であることをアピールする目的で制作されたそう。

結果、広告接触者のブランド好意度は非接触者と比べて17%上昇。審査でも「若い世代には縁遠い保険に対し、『かけがえのない人生を無駄にしない』というブランド姿勢を示せている」と高い評価を得て部門賞受賞にいたりました。

▶参考:YouTube Works Awards Japan 2023

キャッチコピーだけがその効果に貢献したわけではないですが、事前に若年層の動画視聴習慣に関する調査結果を発表し、その2日後に「※皆さまの時間を無駄にしないために1.5倍速でお送りします。」とファストCMを配信されたそうなので、脈絡もあり、よりターゲット層に身近に感じられたのではないでしょうか。

広告賞受賞

トロフィー

2023年も締めくくり。先に損害保険ジャパンの広告賞受賞作品をフライングでご紹介してしまいましたが、改めてこの一年のあいだに発表されたさまざまな広告を称えるためにも、各広告賞を受賞した作品について紹介したいと思います。

電気よ、動詞になれ。(明電舎)

先のYouTube Works Awards Japan 2023にてグランプリを受賞したのがこの作品。同時に、それまでYouTube広告において蓄積された実績がないなか大きな目標を達成した作品を称える「Breakthrough Advertiser 部門賞」も受賞しました。

ピクセルアートはレトロゲームを想起させることから、昨今の昭和・平成カルチャーに回帰するレトロブームの影響もあって、自作する若者も増えているコンテンツ。

それに、同じくレトロゲームを想起させる電子音を中心としたチップチューンを掛け合わせ、いずれも“電気が表現している”とアニメーションのなかで伝えることで、明電舎=電気の会社だという認識を強めることに成功しました。

動画視聴者の好意度は非視聴者と比較して2倍以上、平常時と比較した月間サイト訪問数は20倍以上にも上ったそうです。

▶参考:YouTube Works Awards Japan 2023(前出)

「電気よ、動詞になれ。」というキャッチコピーは、いかに電気が私たちの生活のなかで、さまざまなかたちに変化しながら暮らしを彩っているかを感じさせます。

たとえば自動販売機の電気は「温める」という動詞に変化し、それによってベンチに座るふたりの少女の「恋バナの続きをもう1周ぶん話せるよう」に計らい、仕事帰りの父の前では「灯す」と動詞化し、帰宅を待つ家族の明るい声を視覚化することで「今日の失敗から父を救おう」と画策。

電気に命令を下しているのは、きっとその場にいる人たちの思いでしょう。「寒くなってきたからもう帰らなきゃいけない」と思いながらも、まだ友だちと話していたい少女、疲れて帰ってきた父を少しでもねぎらいたい家族。

私たちはたしかにいつだって、ひそやかな願いを電気に託してきたような、そんな気がします。

上品な大学、ランク外。(近畿大学)

こちらは新聞広告賞2023広告主部門・新聞広告大賞(第43回)の受賞作品です。

一見、自虐的に見えるキャッチコピー。上品な大学か下品な大学であれば、きっと多くの受験生が上品な大学に入りたいと思うのではないでしょうか。けれど、近畿大学生と思しき男性に重なるように続くボディコピーを読むと、「上品な大学ランキング」の圏外であることを「めっちゃうれしいやん!」と表現されています。

というのも、「学びたい者に学ばせたい」という想いで創設された大衆大学だから、“お上品”な方だけを歓迎しているように見えないことはむしろ本望なのだそう。

就職活動中に企業の面接官から自身の欠点を聞かれることはよくありますが、そこで素直に欠点(と思われそうなこと)を挙げて、それを別の角度から長所に見立てることができるかどうかが問われます。

たとえば「作業が遅い」のは「慎重である」、「集中力がない」のは「常にいろんなことを同時に考えている」など。物事は常に一面だけではなく、多面的に構築されています。それは人も大学も同じこと。

こちらの広告の場合は、さらに「THE世界大学ランキング」で慶応義塾大学と並んで日本の私立総合大学ツートップであることや「エネルギッシュである」「チャレンジ精神がある」といったランキングで1位を獲得していることに触れ、さりげなく長所のアピールもしています。

欠点と思われるようなことをあえて大きく掲げることで、自慢に見えなくしているのは、さすが「コミュニケーション能力が高い」ランキング1位の大学。

またこの人物、まるで実際に同大学に通う学生のように見えますが、実はAIに近畿大学生の顔写真200枚を学習させて生成した「いそうでいない」架空の学生像なのだそう。

顔の部分に大きく「上品な大学、ランク外。」と書かれているので、この学生に失礼ではないかと思う方もいるかもしれませんが、最後まで読み進めると実在しない人物であることがわかるというアプローチ方法も、AIの台頭が進む今らしい展開です。

しかもその画像制作に取り組んだのは同大学の情報学部の一期生。やはり「チャレンジ精神がある」ランキング1位の大学ならでは。

おつかれ、一年目の自分。(テレ東BIZ)

テレ東広告
(出典:博報堂

こちらは2023年ではなく2022年12月に公開されたもので、しかも広告賞を受賞したものでもありませんが、近畿大学の広告同様、広告の対象者にもっとも近い存在が制作したということで続けてご紹介。テレビ東京の1年目の社員と博報堂の1年目のコピーライターが共同で考えた企画です。

「若者に向けた広告」というと、受験生や高校生、就活生などに寄り添うものは多く見られますが、社会人1年目に向けたものはあまりないということで始まったプロジェクトだそう。

実際にテレ東BIZで配信されたニュースと社会人1年目の方たちのリアルな声を合わせて「僕らの毎日は、経済につづいている。」というタグラインでシリーズ化された当広告は、当時日比谷駅のホームをジャックしたことでも話題になりました。

広告に写るのはテレビ東京の新人アナウンサーや1年目の社員たち。「社会人一年目の忘れられない出来事」をSNS上で募集すると、2週間で1,500件を超えるポストが集まったそうです。

▶参考:博報堂公式サイト

応援の力

受験生

SDGsという言葉が浸透し、生活のなかで直接触れる商品やサービスだけではなく、それらを提供している企業の考え方にも注目が集まるようになりました。

「多少高額でも地球環境に配慮したモノづくりをしている会社の商品だから」といった理由で購入にいたる「エコ消費」という言葉は、最近ではあまり聞かれなくなりましたが、むしろわざわざ言葉にしなくなるほど、そういった面に意識してモノを選ぶということがスタンダードになってきた証なのではないかと思います。

例としてサステナブル分野を挙げましたが、もちろん企業は環境問題だけに積極的に取り組んでいればいいわけではありません。たとえばSNS上で差別的発言をした企業の商品に対する不買運動は、残念ながらここ数年間だけでも数多く起きています。

「推し」という言葉が一般化した今、消費行動も一種の推し活に近い部分があるといえるかもしれません。自身が賛同できる思想を持っていて、きちんとその発信をしている企業の商品、サービスを選ぶ、それは「買い物に失敗したくない」という現代人のひとつの選択肢のように感じます。

推し企業の制作したプロダクトであれば、多少不便でもなんだか愛しく思える、……実際にそこまでの事象が起きていると断言はできませんが、飽和社会においては、おおいにありえることではないかと思います。

企業はますます自社の発言や発信内容に注意を払うべき時代になってまいりました。それは同時に、幅広い層の共感を呼び起こすプロモーションに成功できれば、より多くのファンを獲得できる時代でもあるといえます。

人生には、飲食店がいる。(サントリー)

コロナ禍で売り上げが減少したり、営業時間の短縮を余儀なくされた飲食店を応援する意図で始まった「人生には、飲食店がいる。」キャンペーン。2021年度朝日広告賞広告主参加の部にて最高賞、2022年度東京コピーライターズクラブ主催のTCC賞ではTCCグランプリを受賞し、2023年もシリーズ続投しています。

企画の発端は、コロナ禍に苦しむ飲食店を支援したいという気持ち。立ち上がった企画チーム内で議論を重ねるうち、自分たちも家で食事をすることが当たり前になり、外食が減ったということに気づき、当アイデアにつながったそうです。

2023年は『ルパン三世』や『攻殻機動隊』など15本のアニメ作品のなかから飲食店を描いたシーンをつないで制作されました。同時に公開された屋外広告や店頭ポスターでは合計23作品のアニメ作品や漫画が採用。作品のファンであれば、それぞれ思わずぐっとくる場面が切り取られています。

月並みな考えかもしれませんが、食べるということは生きるということにかなり近しいと感じます。そして、“死なない”ための食事であれば、場所もモノもこだわりなく、手っ取り早く空腹を埋めるものを選ぶのではないでしょうか。

わざわざ飲食店に足を運び、だれかとグラスを交わしたり、あるいはひとりで注文した品が届くまで待ったりすることを選ぶのは、それがつまり“生きる”ための食事だからだと思います。

騒がしい店内で声を張り上げないと会話ができず、思わず友人と顔を見合わせて笑ってしまったり、ひっそりとした静かなバーの灯りに揺れる恋人のまなざしに胸を痛めたり、仕事のミスを忘れるつもりで酒を煽っていたら隣の席の人と意気投合して仲良くなったり、明日に向かう者しか体験できないことではないでしょうか。

当広告のボディコピーはこう続きます。

愚痴とか
悩みとか
泣き言とか

夢とか
愛とか
野望とか。

ここには、
人間がいる。

サントリーキャンペーンページ

あなたらしい明日を、支えたい。(東京ガス)

「ひとり1推し」なんていわれることもある時代。このwebCMに登場する「母」は、突如としてK-POPアイドルの推しと出会うことで、新たなカルチャーを知り、韓国語を学び、新しい友人を作り、どんどん生活が充実していくのが目に見えてわかります。

そんなときに襲いかかるコロナウィルス。つい弱気になってしまう母に、それまで彼女の推し活を遠巻きに見ていた娘が、励ましながらガスを使って食事を作ってあげるわけですが、韓国料理であるサムゲタンをチョイスするところがニクいです。

東京ガスといえば、これまでにも家族の絆を描いたCMを展開し、アジア太平洋国際広告祭などの広告賞を受賞するなど、高い評価を得てきました。今回は登場人物こそ母と娘がメインですが、その焦点は完全に母に当たっています。

「家庭でも会社でも懸命に働く母」像は、これまで多くの広告や創作物で見てきましたが、「推し活をする母」というあくまで個人的活動を描くのは珍しいのではないでしょうか。

恋に落ちるがごとし推しに“沼る”母の姿に、母であり従業員である前に一個人であるんだということに気づかされると同時に、自分自身も学生や会社員、フリーター、経営者といった属性がいくつあれど、結局ひとりの人間なんだということに回帰するかもしれません。

東京ガスの商材はいずれも暮らしに寄り添うもの。一人ひとりが自分らしく歩むその日々のなかで、真価を発揮します。これからも、健やかなる時のなかで人々をあたためたり、労わったりしてくれるでしょう。

かげながらおうえんしています(森永製菓)

こちらは新宿のメトロプロムナードなどに掲出されたOOH広告。読むと「にゅうしもちかいしいいかげんすまほひかえなきゃさきがおもいやられる…お!このどうがみてえ!いかんいかん…このくりかえしだ…どうしてこんなにいっぱいまどわすものがあるんだ!(入試も近いしいい加減スマホ控えなきゃ先が思いやられる…お!この動画見てえ!いかんいかん…この繰り返しだ…どうしてこんなにいっぱい惑わすものがあるんだ!)」と“受験生あるある”が書かれています。

ところが、受験勉強のお供ともいえる「赤シート」を通してもう一度読んでみると「かげながらおうえんしています(陰ながら応援しています)」という言葉が浮かび上がるというギミック付き。

社会人で赤シートを持ち歩いている人はなかなか多くないと思うので、ピンポイントに絞ったターゲットにだけ見える、いわばジャーゴンのような隠されたメッセージが、より一層当事者たちに力を与えてくれそうです。

森永ラムネはぶどう糖を90%配合(含水結晶ぶどう糖として)していることから、受験生の集中時のおやつに選ばれるよう、受験シーズンになるとパッケージに応援メッセージをデザインするなど、積極的にアピールをしてきました。

その結果、こちらの広告については「交通広告グランプリ2023」において、優秀作品賞を受賞。文言を変えた別バージョンも存在するので、ぜひそちらも受験生に宛てたメッセージを読み取ってみてください。


広告に見る時代の変化

痴漢対策ポスター
(出典:東京都交通局

上は2023年1月より都営地下鉄などの駅構内で見られる痴漢対策のポスター。啓発することが目的なので、広告という位置づけではありませんが、このポスターにはまさに時代の変化が見てとれるのでご紹介します。

まず、それまでの痴漢防止のポスターといえば、1コマ目で被害者の女性が痴漢被害を訴え、次のコマで駅員が駆けつけ、最後のコマでほかの乗客など第三者が「痴漢は犯罪である」ということを伝えるという漫画構成が定番。

絵柄のタッチこそレトロだったり少女漫画風だったり変化があれど、基本的に流れは同じでした。このシリーズが制作されるようになったのは2013年ごろからで、10年ほど同じ形式を守りつづけてきたことになります。

それより以前のポスターはより地味で目立たないものが多かったということで、このシリーズが発表された当時は、そのインパクトから多くの方々の目に留まることとなり、ある程度、痴漢という性犯罪の認知度を上げるという役目は果たしていたといえるでしょう。

一方で、なぜか被害者である女性が恥じらっているような表情をしているなど、表現として適切なのかどうか問題視されることもありました。「性暴力に傷ついている被害者」を描くにあたって、照れているように表現しては、その被害が矮小化されて認識されかねません。

また、女性が痴漢被害を訴えるとすぐに駅員が駆けつけるストーリーがほとんどだったため、駅員に知らせるまでの方法が不明瞭だったという面もあったかもしれません。

しかし先に挙げたポスターでは、被害者の顔はなく、目撃者目線でどう対応するべきなのかを具体的に示しています。これはつまり、痴漢は犯罪であるという大前提のもと、みんなで協力することでその被害を小さくすることができるということを示唆しているわけです。

目立たない存在だった痴漢防止啓発ポスターが、大きなインパクトとユーモアとともに注目されるようになり、今度は第三者に具体的な行動を認識させる標となる、このこと自体が社会の成熟を表すように感じます。

とはいえ、いざ痴漢行為を目撃したときに勇気が出なかったり、見間違いかもしれないと消極的になったりすることはおおいにあるでしょう。それでも、実際に自分自身がその現場に出くわしたときにどうすればいいのか、まったく予備知識のない状態と比べたら、大きな機動力になることは間違いないと思います。

かつてはテレビドラマのなかでも、痴漢されるのはモテる証拠であるといった表現が見られ、それどころか痴漢された経験のない女性がやっかむといったシーンさえありました。詐欺や盗難などの犯罪はフィクション作品のなかでも軽視されることがないのに、なぜか痴漢は「たいしたことない」という風潮があったのです。

当ポスターからは、それがようやく変わりつつあるのだということを捉えることができます。広告は常に時代を捉え、時代を作るものでなければならないと考えさせる一例といえるのではないでしょうか。

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この記事を書いた人

浦田みなみ
元某ライフスタイルメディア編集長。2011年小説『空のつくりかた』刊行。モットーは「人に甘く、自分にも甘く」。自分を甘やかし続けた結果、コンプレックスだった声を克服し、調子に乗ってPodcastを始めました。BIG LOVE……

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